オウンドメディアの活用は「採用改革」のスタートラインだ

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日本企業の採用課題と解決法を探る
【神戸大学経営学研究科 服部泰宏准教授】
人材不足が深刻化する中「採用」に苦戦する企業は多い。どうすれば、人が生き生きと働き、企業の業績が上がるwin-winな採用が実現するのだろうか。企業の採用のプロセスを科学的なアプローチで捉え直し、エビデンスに基づいて新たな採用の在り方を探る「採用学」の第一人者、神戸大学経営学研究科准教授の服部泰宏氏に、日本企業が直面している採用の課題とこれから目指すべき方向性を聞いた。
米国の事例に見る採用のトレンド

神戸大学 経営学研究科准教授
組織行動、人的資源管理、経営管理が専門。滋賀大学経済学部准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授を経て現職。近著に『採用学』『日本企業の採用革新』など。
日本特有の終身雇用を前提とした新卒一括採用では「将来成長してくれるだろう」というあやふやな期待の下に人材を採用しなければならない難しさがある。そのため、企業の多くは、出身大学、コミュニケーション能力、主体性……といった画一的かつ曖昧な選考基準で応募者を選抜してきた。
しかし、こうした「優秀さのシグナル」は、必ずしも将来の活躍を保証するものではなく、そもそも一部の人気企業でなければ、分かりやすいシグナルを持つ優秀な学生を採用するのは難しい。
「採るべき人材像が曖昧なまま採用活動が過熱し、思うような結果が出せないまま疲弊している日本企業が多いのではないでしょうか」と語るのは、国内外でさまざまな企業事例を研究してきた神戸大学の服部泰宏准教授だ。
日本企業の採用の現状を打破するヒントになるのが、米国を中心とする海外の採用事情だ。服部氏によると注目すべき採用トレンドは3つあるという。
まず、第一の大きな潮流は「オウンドメディアの活用」だ。
「かつての求職活動は、カテゴリーを切り口にして探すのが一般的でした。車に興味があれば、まずは車という大きなカテゴリーにアクセスし、関連するさまざまな企業の中から、自動車メーカー、部品メーカー、販売会社など、ベストマッチを探す。これは、ネット検索でいうところのカテゴリー検索的な行動です。一方、現在の求職活動はフリーワード検索に移行しています。『働きやすさ』『東海岸』『モビリティー』というように、一見バラバラな、しかし自分の価値観に合ったキーワードの集積から、特定の企業に直接リーチするのです。そうしたフリーワードの受け皿として、多くの会社が、より独自性の高いコンテンツを提供できる自社サイト運用に力を入れているのです」
ダイバーシティーの確保が大きな命題
第二に「採用ルートの多様化」だ。企業がグローバルに成長するためには、ダイバーシティーに富んだ組織づくりが欠かせない。そのため、人材採用の面でも、採用サイト、インターンシップ、リファラル(人づての紹介)、人材紹介会社など、戦略的に多様なチャネルを組み合わせる傾向がますます強まっているのだ。
「多様な人材を採用するために、人事サイドの多様化に配慮する企業も増えています。米国のとある銀行では、大学にリクルートチームを派遣するとき、人事セクションと実務セクションの人間を混ぜ、キャリア、性別、国籍などにも配慮したダイバーシティーの高い構成になるよう配慮していました。人材をさまざまな角度から評価するための工夫です」
第三に「待遇の差別化」だ。服部氏によると、2005年ぐらいから米国の採用シーンでは<I-deals(アイディール)>という考え方が広がっているという。これは「idiosyncratic(個別)」と「ideal(理想的)」を組み合わせた造語で、個人の事情に配慮した待遇を導入すること。いわば「戦略的なえこひいき」だ。
「単なるえこひいきと違う点は、理由がロジカルに説明ができることです。ある人物に1.5倍の給料を出す代わりに、高負荷の仕事を与え、成果が出なければ降格や解雇もあり得る。そうした特別な条件を本人だけでなく周囲にも明示し、能力の高い人が十分な報酬を得て活躍できる環境をつくるのです。米国では既にアイディールを前提としたマネジメント手法が経営論の研究テーマにもなっています。日本でも、エンジニアは引く手あまたなので初任給を大きく上げる、という例は珍しくない。求める人材が希少であり、その獲得が会社にプラスをもたらすことが明らかならば、条件は公平でなくてもいいのです」
自社にとっての「優秀さ」とは何か
海外で目立つこうした採用手法は、いずれ日本でも当たり前になる、と服部氏は語る。そのキーワードは、独自性と多様性だ。優秀で多様な人材を確保するために、独自性の高いコンテンツを提供できるオウンドメディアで自社の魅力を発信していくことが重要なのだ。
「しかし、採用基準を『コミュニケーション力』や『主体性』といった漠然とした言葉で理解した気になったまま、採用方法だけを変えてもうまくいきません。まずは『自社が求める優秀さ』を定義することが大切です」と、服部氏は強調する。
コミュニケーション力と一言で言っても、売り込むのか、説得するのか、調整するのか……。ミッションが違えば求められる力も変わる。面接でハキハキとプレゼンできたからといって、実務上のコミュニケーションがうまくいく保証はない。自社が求める人材を見極めるには、自社が求める人材像をあらかじめ明確にしておくのは当然といえる。
「サッカーで考えてみてください。どんなチームでもうまい選手が欲しい。しかし、身体能力とテクニックがずばぬけた一流選手なんて、そんなにいるものではありません。では、どんな観点で選手を選抜すればいいのか。例えばオランダでは、代表選手に求める能力を『フットボール・インテリジェンス』と表現しています。具体的にいうと『複数の選択肢があり得る局面で瞬時に確率を計算し、確度の高い選択を実行する能力』です。だからオランダでは、単純な身体能力の高さやテクニックより、こうしたインテリジェンスの高い選手が優先して採用されるし、選手もそれを磨こうとする。ジュニアチームを視察したときも、コーチはことあるごとにプレーを止め『今、シュート以外にどんなオプションがあった?』『なぜシュートを選んだ?』と質問し、選手の選択が妥当かどうかを検証していました」
「チームにとっての優秀さとは何か」。その求められる「優秀さ」が正しく定義されているからこそ、選抜、採用、育成が一直線につながり、チームにとって望ましい選手が集まりやすい仕組みになっているのだ。
企業においても「自社にとっての優秀さとは何か」と改めて問い直すことから採用の変革が始まるといっていいだろう。
「社内で『優秀な社員』として想起されるイメージはある程度共通していると思いますし、そういった人物を評価するオリジナリティーの高い言葉も結構あると思います。まずはそういうところをヒントに、自社ならはでの優秀さを探ってほしいと思います」
入社後のリアルなイメージを発信
自社が求める優秀さをはっきりと言語化すると、訴えるべきターゲットが明確になり、オウンドメディアでの情報発信が生きてくる。
すると、次のステップでは、自社で定義した優秀さを備えた求職者の興味を引き付けるインターフェースを用意する必要がある。このとき、人事制度の細かい説明より、自社のポリシーやフィロソフィーを分かりやすく表現する工夫が必要だと服部氏は言う。
「この会社に入って働く自分の姿が明確にイメージできるかどうか。そしてそれは心地よさそうかどうか。ここが学生にとって大事です。例えばサイバーエージェントでは自社の雇用システムを『実力主義型終身雇用』と表現しています。シビアに実力を求めつつ、日本的なコミュニティーも大事にする。そんな同社の特色がよく表現されていて、刺さる人には強く刺さる絶妙な表現です」
人材の定着を望むなら、仕事のありのままの姿を伝えようとする誠実な姿勢も大切だ。
「例えば、人気企業の一つである野村総合研究所では、古くからポジティブ情報とネガティブ情報を組み合わせて情報発信し、入社前の期待感と入社後の現実のギャップを回避する工夫をしていました。会社案内では『VIPに会える』『大きなプロジェクトに参加できる』といったポジティブ情報を発信する一方、『スーパーマーケットが開いている時間に帰れない』『知的労働というより肉体労働』といった先輩社員のヘビーな実感も同時に伝えるのです。情報リテラシーの高い今どきの学生に、建前だけのポジティブ情報は通用しませんし、リアルな情報には、本当に自社に適性の高い学生だけをフィルタリングする効果もあります」
オウンドメディアには、長期的に採用活動をブラッシュアップする効果もある。どのような基準でどのような採用を行い、どれだけ人材が定着してどんな成果を上げたか。オウンドメディアを適切に運用することでこうした検証が容易になり、採用のPDCAサイクルを回しやすくなるからだ。
企業戦略としての採用改革を
日本企業が「アイディール」的な採用を行う動きもあるのだろうか。
「多様な人材を受け入れるために、組織を変革する企業はじわじわと増えています」と服部氏は話す。
「これは新卒ではありませんが、東京近郊に立地するある企業では、自社の周囲の住宅地に、高学歴・高キャリアの主婦が多いことに目を付けて戦力化しました。彼女たちの多くは、かつて都心の企業で働いていた元バリキャリで、働く意欲も能力も高い。しかし子育てのためにキャリアが中断しており、フルタイム勤務は難しい。そこで、フレキシブルな勤務やリモート業務の仕組みを整え、積極的に彼女たちにアピールしたのです。この改革は、会社の戦力アップだけでなく、既存の社員の働き方の自由度も上げました。望む能力を持つ人材を採用する方法を突き詰めて考えたことで、働き方改革まで実現した例といえるでしょう」
大事なのは優秀な人材にパフォーマンスを発揮してもらうことであり、既存のシステムの維持ではない。人に仕事を合わせれば、優秀な人材を獲得できる可能性が広がるのだ。
もちろん、こうした試みの大前提は、「採用」が会社の成長戦略の中にきちんと位置付けられていることだ。
服部氏の経験則によると、採用で実績を上げている企業には、経営者が採用活動に深くコミットしているという共通の特徴があるという。他社と横並びの発想から脱却し、オリジナルな視点で戦略を描くことが、採用に関して、今後ますます強く求められるのではないだろうか。
DHBR.netで2018年12月20日に公開されたコンテンツを掲載
photo:上田浩江(うえだひろえ) / Getty Images