「求職者が適切な情報を得られれば、社会の適材適所が進む」パナソニックが目指す採用のアップデートとは

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2018年に創業100周年を迎えたパナソニック株式会社。「伝統ある大企業」と認識される一方、近年は組織や文化の変革を進め、注目を集めている。採用においては、2017年1月に「採用マーケティング室」(現「採用ブランディング課」)を立ち上げ、マーケティング志向の採用に取り組み始めた。その理由とは。パナソニック 採用ブランディング課・杉山秀樹氏に聞いた。

世間のイメージとのギャップを埋め、本質的な価値を伝えるコミュニケーションを
──パナソニックさんは、ここ数年「変革・チャレンジする企業」としての姿勢を打ち出し、注目されています。採用においても何か変化はあったのでしょうか?
人材要件など、採用の“核”は変わっていません。しかし「これまで外に伝えられていなかった本質をしっかり伝えていこう」と発信への意識は変化していると思います。
「せっかくいいものを持っていても、伝わらなければ世の中にないものと同じ」。創業者の松下幸之助はこのような発想で製品の広告宣伝を始め、それを意義深いものと捉えていました。これは採用においても共通します。規模が大きく歴史も長い会社ですから、魅力はたくさん眠っています。きちんと伝えれば、必ず届くもの、共感していただけるものがあるはずだと考えています。
直近では「柔軟な雇用機会の提供」について発信し、多くのメディアに取り上げていただきました。私たちのような大企業は、「入社して数年くらいの若手層や異業種からの中途採用はしていない」というイメージを持たれるのですが、実際はそうではありません。そのことを伝える発信をした結果、多くの反響をいただいたということは、やはり世間のイメージと実際にギャップがあったからだと思います。ギャップを埋め、本質的な価値を伝えるコミュニケーションを強めていく必要性を感じています。
一般的に、ベンチャー企業はオウンドメディアやブログなどを上手く活用し、細かく情報発信していますし、ミートアップにも積極的なので、どういう社風でどういう人が働いているか比較的わかりやすいです。しかし大企業の場合、社名を目にしない日は無いものの、そのほとんどが業績や事業、商品に関する発信や広告宣伝。それらを通じて、どのような仕事環境なのか、企業カルチャーなのかは分かりません。その部分を変えていくために、この2年間試行錯誤してきました。
会社組織をプロダクトやサービスに見立て、マーケティング思考で採用を捉える
──「採用マーケティング室」(現「採用ブランディング課」)を立ち上げたのも、そこがきっかけだったのでしょうか。
現状の採用施策の多くがプロダクトアウトの発想だと感じています。自分たちはこんな会社で、こんな事業をやっていて、こんな人がいるぞ、と。そうではなく、会社組織をプロダクトやサービスに見立てて、マーケティング思考で捉えれば、まずお届けする「お客様」の置かれている状況やお困りごとに視点が向くはずです。
今の採用マーケティングのトレンドで違和感があるのは、手法に関する話が先走っているように感じることです。手法の前に「誰の」「どんな行動変化を促すのか」という視点に立つことが重要だと感じます。
採用における「お客様」は、意向がまだ顕在化していない方を含んだ求職者です。一般的には人事も求職者との接点はありますが、基本的には採用プロセスに乗った方となります。そうではなく、もっとフラットな状態の「お客様」となり得る方々のインサイトを知らなければマーケティングの設計も始まりません。そこで、私たちはまず新卒採用におけるフラットな状態の「お客様」候補として、大学1、2年生が何を考え、何を感じているのかを理解することからスタートしました。
──具体的には、どのようなことを行ったのでしょうか。
最初の1年は、チームで延べ1000人ほどに会ってアンケート調査やインタビューを行いました。インサイトを探り、セグメンテーションとターゲティングを明確にするためです。ただ、新卒採用におけるセグメンテーションは非常に難しい話だと今なお感じています。
採用活動における人物要件と言えばスキルやマインドなど細かく挙げられますが、それらの要素は採用プロセスに乗る前に外形的に把握することは困難です。では大学名や文理で意味のあるセグメントを切れるかというと、それも違う。ノウハウや知見が無かったため、試行錯誤しながら時間をかけました。採用マーケティングの組織が立ち上がってから最初の1年はそこに終始した感じですね。
長期的にブランド価値を蓄積できる器が必要
──その試行錯誤から得たことはありましたか?
ペルソナやカスタマージャーニーマップを作ることにこだわっても施策に活きないということですね(笑)。新卒採用でみれば学生が置かれている状況はあまりにも多様であり、加えて就職活動は人生に1回しかない特殊な意思決定です。その時々の労働市場や社会情勢にも多大な影響を受けます。それを定性的に場合分けして、ペルソナやジャーニーを用意したところで、実在しないものにしかならない。実際にトライした上で、そこに気付けたことは非常に大きかったと思います。同時に「採用ブランド」こそ重要であり、そのためにコミュニティを通じた長期視点でのマーケティングをする必要があるということを学びました。
新卒採用というと、毎年サイトをリニューアルしてメッセージングやトンマナ、リーチの仕方を変えることが多いと思います。ですが、それって本当に良いことなのでしょうか?実はブランディングの観点から言うともったいないのではないか、と。ブランディングは対象となる方々の頭の中にブランド資産を蓄積する活動です。毎年ゼロリセットしていては、いくら努力しても拡大していきません。だからこそ、対象年次は毎年変わったとしても、ブランド価値を蓄積できる器が必要になります。それがコミュニティです。
キャンパス、部活、場所、オンラインコミュニティなどいろいろな形がありますが、コミュニティを通じて共感を生み、本質的な企業価値の理解を得られれば、ブランド価値を長期に渡って蓄積していくことができます。好意的な共感を蓄積できていれば、彼らが将来的に企業選択をする際に選択されうる存在になれるのではないでしょうか。
──コミュニティを通じたマーケティングと、情報発信はどのように紐づいているのでしょうか。
情報過多な今の時代に、押し付けられる情報は逆にネガティブな感情を生みます。だからこそコミュニティに属する方々のインサイト、そしてコミュニティの持つコンテクストを理解する必要があると思っています。この両軸をもとにコンテンツを用意し、「共感」を得ることを目指していく。
発信の方法も大事です。「Zero Moment Of Truth」という考え方がありますが、何かしらのトリガーがあったときに当社を想起してもらえるように、いかに押し付け感がない形で普段から情報をお届けできるかを考えて取り組みを進めています。
そのために、インサイトやコンテクストを理解するために膨大なアンケートを読み込み、地道に対話をくり返し、コミュニティと接する時間を増やしてきました。対面でお会いする機会を大切にしながらも、同時にソーシャルリスニングをかけて俯瞰してトレンドを掴む。
その上で社内に対してもコンテクストに沿う要素を見つけ出し、カタチにし、発信していく。レスポンスを見ながら繰り返していくことで効果的な情報発信になるように改善しています。指標としてエンゲージメント数を見ていますが、結果としてこの1年のエンゲージメントは昨対比で5倍に増えています。
オウンド外とオウンド上で一貫性をもった情報発信を行う
──コンテンツは、どのような形で発信しているのでしょうか。
意向が顕在化していない方々に自社サイト内のコンテンツをお届けすることはハードルが高いので、外部に情報発信拠点を設けて、コミュニティに届くことを目指してきました。この1年間の活動を通して、外部で高エンゲージメントの記事を発信できてきましたので、2019年1月末からは自社サイト内にも記事をストックすることも始めました。
並行して、自社サイトではパナソニックの“らしさ”を表現するために「志と多様性」というコンセプトを立てて一貫性を持ち、発信する準備をしてきました。私たちはあらゆる活動を通じてA Better Life, A Better Worldを実現することを目指しています。一人ひとりの社員がいかに志を持ち、A Better Life, A Better Worldに向き合っているかを伝えるため、2年かけて社員インタビューをフルリニューアルしました。ここでは社員一人ひとりが“会社について”ではなく、”志”を中心としたパーソナルストーリーを語っています。
オウンド外とオウンド上で一貫性をもった情報発信を行った結果、2019年4月に入社する内定者にとったアンケートでは「発信を見て興味を持った」という比率が大きく増えました。外部の企業が毎年行っているブランドイメージ調査でも変化を追っていますが、顕著に変化が表れてきています。
採用市場における「大企業」のパーセプションが変わっていってほしい
私たちは自社を「ミッションドリブン」な会社であると捉えています。単なる大企業でも、家電のパナソニックでもなく、経営理念が浸透し、それが原動力になっている「ミッションドリブン」な会社。そのパーセプション(認知)をとっていくことを目指しています。
ただ、自社のパーセプションを変えることだけを目指しているわけではありません。採用市場における「大企業」そのもののパーセプションが変わっていってほしい。求職者が適切な情報を得て、誤りのない認識のもとで企業選択ができれば、より社会全体で適材適所が進んでいくと考えています。現状のあまりにも情報の偏りがある中では、企業と求職者の適切なマッチングは困難です。
ベンチャー企業は比較的このあたりの情報発信に積極的ですが、大企業の発信はまだまだ限定的です。だからこそ、パナソニックが発信する情報“だけ”を見て、企業選択をしたところでフェアではありません。さまざまな企業の発信も見ることができて初めて、求職者は自分に合う企業を考えることができるのではないでしょうか。
大企業で採用マーケティングに関わる方にお伝えしたいのは、ともに積極的な情報発信をしていきましょう、ということ。1社ではとてもじゃないですが足りません。大企業はそれだけ社会に価値を生み出しているからこそ存在しています。だからこそ、「共感」を生む要素をたくさん抱えているはずです。届けたい相手に、共感してもらえるような発信が増えていけば、企業選択のカタチも変わっていくと思います。
松下幸之助は「企業は社会の公器である」と言いました。企業が採用のあり方をアップデートして、社会全体の適材適所が進めば、よりよい未来に近づけるのではないかと思います。そのためにも、採用とマーケティングの連携を強め、届けたい人に届くコンテンツを発信することを進めていきたいと考えています。