採用革新が進む時代、企業はオウンドメディアで何を伝えるべきか


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人材不足が深刻化し、超売り手市場である現在、どうすれば優秀な人材を獲得できるのか…多くの企業が採用課題を抱えている。
一方で、自社の採用をいち早く変革させ、他社と横並びではなく、自社の理念・文化を体現したオリジナリティあふれる採用活動を行っている企業もみられるようになった。そうした企業の多くは、採用前に自社への注目や共感を得て、自社の方向性と合う人材の獲得につなげている。この動きをどのように捉えるべきか。
2019年3月、Owned Media Recruiting SUMMIT(オウンドメディアリクルーティングサミット)vol.2は、「採用を革新するオウンドメディアの可能性」をテーマに開催された。
基調講演には、『採用学』(新潮選書)、『日本企業の採用革新』(中央経済社)などの著書で知られる神戸大学大学院 経営学研究科准教授・服部泰宏氏が登壇。
同氏の講演から、いま起きている「採用革新」の動きについて、また、その推進を支えるオウンドメディアの可能性についてレポートしたい。
採用革新の胎動:3つの例
冒頭、服部氏は「メディアの特性を捉えた採用の成功ケース」として、およそ100年前にロンドンの新聞に掲載された南極探検隊の募集広告を提示した。当時のロンドンの人口は500万人ほど。現在1400万人近くいる東京と比べてはるかに規模が小さく、さらに新聞購読率も比較にならないほど低かった。しかも“南極探検隊”の募集広告である。それが当時としては驚くべき約5000人ものエントリーを集め、しかも質の高い母集団を形成したというのだ。この広告が、採用広報として極めて効果的だったのはなぜか。その答えは後半で述べられたのだが、その前に、まずは採用を取り巻く現在の状況をみてみよう。
服部氏は、いま起きている採用革新の一端として、3つの例を挙げた。
1つめは、「採用のハードルを上げる」動きだ。かつてはできるだけ多くの求職者のエントリーを集め、そこから選抜することが理想とされたが、今はエントリー要件を引き上げたり特定の技能を要求したりと、あえて求職者を限定し、コミュニケーションコントロールをする動きが起こっている。
2つめは「入り口の多様化」。採用ルートが多様化、多チャネル化しており、その入り口からゴールまでのルートをどう設定するか、自社サイトをどのようにデザインしてユーザーレベルを高めるか、などに注目が集まっている。
3つめは「採用のブランド化」。自社のブランドを、「人」というインターフェイスを通じて人事こそが確立していこうという動きが盛んになっている。求職者側も、入社後にどんな場が与えられて、どんな育成の機会があるのかなど、職場としてのブランド力を重視しているという。
「どういうターゲットに向けてどのように情報を設定していくか考えていかなければならない」と服部氏は語る。
採用革新の背景:企業・求職者に起きている変化
ではなぜ、このような動きが起こっているのだろうか。服部氏は、企業側、求職者側それぞれに変化が起きていると捉える。
まず企業側は、「優秀な人材」の捉え方が変化した。
多くの平均的な社員よりも、少人数の精鋭社員が著しい成果を上げるケースが増えており、「人材は競争優位の源泉」という言葉の現実味が増しているのだ。それは、従来の画一的で効率が求められる生産よりも、変化に柔軟に対応するイノベーションが求められる時代となったことなどが背景にあると考えられる。優秀な人材に、他の社員の何倍もの給与を支払うケースもざらに起きている。
自社にとっての「優秀さ」を、従来の採用方法では捉えることができないと考えた企業は、採用方法を見直し、「自社にとっての優秀さ」という軸で人材を見極めるようになったのだ。
そして、求職者側の意識も変化している。
服部氏は、求職者の情報探索スタイルが「ポータルサイト型」から「検索エンジン型」になっていると話す。
「学生にヒアリングすると、かつては『銀行に行きたい』『ITに行きたい』と、まずカテゴリを決め、そこからどの企業がいいか演繹的に探していく『ポータルサイト型』が一般的でした。しかし、今は自分なりの価値観・キーワードがあり、そこに合致する企業を探す『検索エンジン型』の求職者が増えています」(服部氏)。
キーワードは、人によってさまざまだ。かつては「銀行なら金融志望の学生が集まる」と予測できたが、今はどういうキーワードで自社を志望したか、わかりにくくなっている。服部氏は、横浜のとある自動車関連会社を例に挙げた。
「その企業がかつて採用活動で競合していたのは、自動車メーカーや関連メーカー、つまり『自動車』というカテゴリの会社でした。ところが、ここ数年はインフラ企業や横浜市役所を併願する学生が増えてきたというのです」(服部氏)
学生たちに志望理由を聞くと、『エリア』というキーワードが浮かび上がった。その企業は神奈川県内で業務が完結するので、神奈川エリアで働きたい志望者が集まり、横浜市役所などが採用の競合となったのだ。
求職者が何をキーワードとして自社を認識しているのかを理解した上でメッセージを発信することが大事だと、服部氏は強調する。
“多チャネル”をいかに効果的に組み合わせるか
このように、自社に対する“多様な認知”が見えづらいなか、自社で活躍できる優秀な人材をどのように集めるか。服部氏は、自社サイト・メディアをしっかりと抑える必要があると語る。
まず服部氏は、米企業における調査を紹介し、採用ルートの多チャネル化が進んでいることを説明した。「求人サイト」「自社サイト」「リファラル」「外部エージェンシー」「再雇用」…などなど、多チャネルは既にデフォルトである。それらをただ使えばいいのではなく、どのように組み合わせ、使いこなすか。“HRケイパビリティ”とも言える能力が求められるという。そして、海外の多くの企業がその中心的存在として捉えているのが自社サイトとSNSだ。
「世界レベルで採用を行う企業は、自社サイトのユーザビリティに注目しています。過去10年間で90%以上の米企業が自社サイトを求職者とのコミュニケーションに活用している。これはただ所有しているのではなく、積極的な自社の競争舞台として活用しているという意味です」(服部氏)
またSNSも、50%を超える人事担当が採用に活用している。これは2011年の調査数値のため、実際にはもっと進んでいると考えられる。
オウンドメディア運用のカギ1:共感性
これらオウンドメディアの運用には2つのカギがある、と服部氏。
まず1つめは「共感性」だ。
服部氏は、ある企業とともに求職者の求職活動の意思決定メカニズムを調査した。どのように採用サイトに辿り着き、サイトのどこを見たか、滞在時間や目線配分などを調査し、さらに、そのときに何を考えていたかをリアルタイムで発話してもらったという。
その結果、「求職者は瞬時に判断している」という事実が見えてきた。
人は、行動経済学で『ヒューリスティックス』と呼ばれる“その人なりの判断ルール”を持っているが、求職者はそれに従って非常に素早く情報処理を行っていたという。その人なりの基準で“合わない”と感じたり、共感できる点が見つからなければ、60秒にも満たないうちにメディアからの退出が起こる。
「特に転職の経験がある人ほど、自分のルールに合致しない情報はポンポンと切ってしまう。企業側は、その素早い意思決定の前に求職者の共感を引き出し、心を捉えなければなりません」(服部氏)
逆に、「共感」を喚起するワードやメッセージを見つければ、滞在時間がぐっと伸びるという。
「共感性」の例として、ここで冒頭に紹介した南極探検隊の募集広告のストーリーが再び登場した。5000人ものロンドンっ子の心を捉えたコピーは、以下のようなものだ。
求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。危険。成功の暁には栄誉と称賛
このメッセージにはいくつかの特徴がある。
1つめは、チャレンジングなワードを並べることでハードルを上げ、冒険心を持ち、報酬よりも名誉を重視する人にターゲットを絞っていること。2つめは、当時、社会的意識、知識水準、経済水準が高い人が読んでいた新聞というメディアを選んでいることだ。
「求職者のターゲティングとメディアの選択をミックスして共感性を呼び起こした好例だと思います」と服部氏は語る。
オウンドメディア運用のカギ2:求職者のジョブ
次に、オウンドメディア運用の2つめのカギとして、服部氏は「求職者のジョブ」を挙げ、ハーバード大学ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏が提唱する「ジョブ理論」を紹介した。これは、消費者自身も気づいていない“モヤモヤ”にアプローチして解決策を提示すれば、新たなマーケットが生まれるというものだ。
例えば、チョコレートの製品開発で、どのような製品を作れば売れるかばかり考えていてはたどりつかない需要がある。そのとき、チョコレートをおやつとしてだけでなく、疲れを感じたとき無意識のうちに購入することもある点を理解すれば、栄養補給という新たな売り出し方が生まれるだろう。顧客が「どんな用事や仕事(=モヤモヤ=ジョブ)を片付けたくてチョコを買うのか」と考えるべきなのだ。
「採用の世界でも、新しい取り組みを始める企業はこういう発想を持っています。『この会社なら私のモヤモヤを解決してくれそうだ』と求職者の心を捉えるために、どういう採用活動をすればいいかを考え、そのためのツールとしてオウンドメディアを位置づけることが必要です」(服部氏)
これからの採用戦略において、オウンドメディアが持つ意味
服部氏はまとめとして、変化する採用戦略の「これまで」と「これから」について整理し、2つの要点について触れた。
1つは、「採用を行う時間軸が変わった」ということ。かつてはポストに空きが出た場合に採用を行っていたが、現在は常に人を探すことが大切だ。例えば、今活躍している社員が優秀であれば、他企業にとっても価値が高く、転職の可能性も高くなる。そこで、その社員がいなくなったことを想定して、潜在的に採用の可能性がある人をサーチしておくことが求められる。
2つめは、「自社メッセージの発信対象の変化」だ。現時点で採用のマーケットにいない人であっても、潜在的な候補者として、常にアプローチを行っておく必要がある。
「この流れを踏まえた上で、自社のメディアがどういう意味を持つのか考える必要があるでしょう」と語り、服部氏は基調講演を結んだ。