メルカリCHROに聞く。『デザイン経営』実践企業の人事は、何を考え何に挑戦しているのか。


INDEX
『デザイン経営』という言葉を耳にする機会が増えた。2018年5月に経済産業省・特許庁が発表した『「デザイン経営」宣言』では、企業の産業競争⼒の向上に寄与するものとして、「デザイン」を経営の軸に据えることの重要性が語られている。しかし、国内企業における認知や実践はまだまだこれからであり、さらには人事・採用という観点からその意義を捉える機会は少ない。
上記宣言において、デザインとは「企業が大切にしている価値、それを実現する意思を表現する営み」であると解説されている。価値や意思を、あらゆる企業活動において一貫して表現・伝えることでブランド価値が生まれ、また「誰のために何をしたいのか」という原点を常に見据えることで、潜在的なニーズを捉えたイノベーションを生み出すことができる。そんなデザイン経営実践企業の一つとして名前が挙げられているのが、メルカリだ。
『新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る』というミッション、またその実現のために必要な3つのバリューを掲げて、組織一体となり、顧客に対して新しい買い物体験を提供し続けている。代替の効かないブランド価値を創出し、著しく成長しているのは周知の通りだ。
では、『デザイン経営』を実践するメルカリの人事は、何を考え・これから何に挑戦しようとしているのか。メルカリCHROの木下達夫氏に、話を聞いた。
人事業務は、ミッション・バリューをいかに体現するか
-メルカリと言えば、『新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る』というミッション、また「Go Bold – 大胆にやろう」をはじめとするバリューが、社外にも広く知られています。このミッション・バリューと採用活動の関係について聞かせてください。
外国籍の人材を積極採用しているということがニュースにもなっていますが、すでに、日本における外国籍の社員は、1割を超えました。なぜそこまで積極採用しているのかというと、メルカリのミッションに基づいています。
『新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る』というミッションの通り、日本だけで支持されるのではなくて、世界の人から愛されるプロダクトやサービスをつくっていきたいという思いが大前提としてあります。
世界中の様々な国の人たちが関わることで、普遍的でユニバーサルなプロダクト・サービスを提供できると考えています。
-外国籍人材の方々を採用する際も、ミッションやバリューは魅力要因になるのでしょうか?
なります。C2C(個人間取引)の領域というのは、まだまだこれから。このマーケットプレイスで、例えばフェイスブックのように圧倒的な存在感を示す企業は、まだ出てきておらず、そこに名乗りを上げられる余地がある(=ホワイトスペース)という認識は、どこの国の人と話していてもあります。またミッションにも込められている「単なるeコマースではなく、C2Cの領域で個人をエンパワーメントしたい」という想いも、届いている感覚があります。
-ミッションやバリューの浸透にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
たとえば、USメルカリでは今年、バリューの一つを名前に掲げた『Go Bold Day』という社内イベントを開催しました。若手エンジニアたちが2〜3人/組になって、今までにない新しい機能やサービスのデモを行い、経営陣が審査員を担う。いわゆる社内ハッカソンのようなものです。ここでゴーサインが出た機能は、実際にUSでのプロダクト・サービスに取り入れていくのですが、通常では新しい機能開発や承認に時間がかかるフローを、スタートアップ企業らしく大胆にスピードアップしたいという狙いで始まった取り組みです。
様々な国の出身者が集まるUSメルカリのメンバーが『Go Bold – 大胆にやろう』というバリューを体感する良い機会にもなったと思います。
メルカリが新たに取り組む、『カルチャードック』
-メルカリは、ミッション・バリューはもちろんのこと、メルカンなどを通じた「自社の文化」「考え方」の発信に積極的ですね。木下さんご自身も、2018年12月にメルカリに入社された頃から、SNSでの発信を積極的に行っていらっしゃる印象があります。
チェックいただいて、ありがとうございます(笑)。皆さんの想像以上に、メルカリはコミュニケーションがオープンな会社です。メルカリのオウンドメディアmercanでは、プロジェクトレポートや社員インタビューなど、毎日何かしらの情報を発信しています。これは社内外関係なく皆さんに見ていただけるもので、大切なコンテンツプラットフォームになっています。
SNSでの発信を通じて自分の考えを伝え始めたのは、メルカリに入社して、発信の重要性を感じたからでもあるんです。メルカリは企業としての発信だけでなく、個人の発信も非常に強く、社員全員がブランディングに貢献するという考え方があります。
-そのSNSでは、『世界中の優秀な人材が働きたい組織を作る』ことを目指すと投稿されていました。そこは達成しつつあるという感覚でしょうか?
もちろん「まだまだ」です。組織づくりの真っ最中なので、引き続き頑張りますという気持ちです(笑)。ただ、組織づくりにあたってフェーズが変わってきているという実感はあります。社員数は現在約1,800名。1年間で約2倍にまで社員数が増えるという、驚異的な拡大スピードでした。
これからさらにスケールアップしていく組織を支えられるように、引き続き採用力を強化しながら、人事評価の仕組みや、人材開発をはじめとした仕組みづくりをアップデートしていきたいと考えています。
-フェーズが変わり、新たに取り組まれていることはありますか?
『カルチャードック』の社内共有を進めています。『カルチャードック』とは、メルカリの人事や組織、働く環境に関する考え方をドキュメントにまとめたものです。
これまでは、会社づくり・組織づくりへの想いはあえて文書化せず、経営陣が対話するスタイルを選択してきました。これは、マネージャーやメンバーに「自分で考えて欲しい」という意図があったからで、何度も対話を重ねることで暗黙知を共有してきたという歴史があります。
ただし、1,800名という規模になってきたことで、いよいよ、経営陣の頭の中にあることをしっかりと「見える化」し、皆で共有するというフェーズに来たと考えました。とは言え、新しい考え方を生み出しているということではなくて、今まで対話を通じて発信してきたことの明文化だと捉えています。
例えば、『メルカリで求めるのは、カオスを楽しめる人材』とか『採用において、人種や年齢や性別は全く関係ない』といったような、これまで当たり前のようにやってきたことを、明文化しています。
『カルチャードック』を導入することで、現社員の皆さんには、改めて「メルカリってどんな会社だっけ?」「自分は何に共感してメルカリに入ったんだっけ?」と再確認してもらう機会になるでしょうし、これから入社してくださる皆さんは判断に迷わなくなると思います。
高いカスタマー・エクスペリエンスを支えるのは、高いエンプロイー・エクスペリエンス
-人事戦略が経営戦略と直結していることがよく伝わってきます。メルカリがこれまで行ってきた経営は、まさに昨今重要視されている『デザイン経営』の文脈に当てはまるものです。では、人事を統括するお立場として、人事をデザインすることはどのようなことだと捉えていらっしゃいますか?
エンプロイー・エクスペリエンス(=EX・社員体験)をどう向上させるかです。これって改めて、『デザイン経営』そのものですよね。というのもメルカリは、カスタマー・エクスペリエンス(=CX・顧客体験)を大切にしている会社だと思っています。お客さまに対して常に、新しい体験を提供しようと挑戦し続けてきた自負がある。会社がこれだけ成長してこれたのも、お客様の高い満足度の賜物です。ですが、この高いCXの裏にあるのはやはりEXなんです。事業の成長を支えるのは、ミッションやビジョンに共感し、モチベーション高く仕事をしている社員の存在あってこそだということ。だからこそ、今改めてEXに着目したい。
人種・年齢・性別など、社員の多様性は広がっているので、人事としてEXを高める難易度は間違いなく上がっています。より多様な人に「素晴らしい」と思ってもらえるEXをどう提供するのか。まさにデザイン経営的な考え方が必要だと思っています。
これは、お客様に提供する体験と同じで「ある瞬間」だけではダメなんです。一部だけが良くても、他が全くダメなサービスなら、使いたくなくなってしまいますよね。それと同じでトータルの経験が大切。
EXではまずエンプロイー・ジャーニーを可視化します。採用の応募前(候補者)から退職後まで。候補者のときに、メルカリにどんなことを期待してくれているのか、そしてそれが入社してすぐに体感できるようになっているのか。また、退職してからもメルカリのファンでい続けてくれるか。メルカリの卒業生が様々な場で活躍されている状態は素晴らしいことですし、なかには戻ってくる方もいるかもしれない。そんなエンプロイー・ジャーニーをどうデザインしていくのかは、非常に面白いところだと思っています。
EXの向上を実現するには、CXと同様にデータ・ドリブンで、社員のどの体験がeNPS(企業推薦度)の向上に寄与しているかを可視化し、改善サイクルを回していく仕組み作りが重要です。
簡単ではないですが、Go Bold(大胆にやろう)に挑戦していきたいと思います。