「デザイン経営」を一から紐解き、採用とのつながりを考える─Owned Media Recruiting SUMMIT vol.3 レポート(1)

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2019年6月に開催された、Owned Media Recruiting SUMMIT(オウンドメディアリクルーティングサミット)vol.3。採用市場が大きく変化する今、企業が欲しい人材を獲得できる“採用力”を持つためには、すべての企業活動を通じて、求職者の「自社への印象」をどのように形づくるか、つまり「自社への印象をデザインする」ことが求められているのではないか。その仮説のもと、vol.3は「デザイン経営と採用ブランディング」がテーマに据えられた。会場は、経営者や採用担当者など500人近くを集める超満員となり、このテーマへの関心の高さが伺える。
基調講演に登壇したのは、デザイン・イノベーション・ファームTakram代表 田川欣哉氏。2018年に経済産業省・特許庁が発表した『「デザイン経営」宣言』の取りまとめに参画した有識者であり、多くの企業のアドバイザーとしても活躍している。
「デザイン経営と採用ブランディング」の関係を考えるには、まず「デザイン経営」の意味を理解することが不可欠だ。『デザイン経営の実践と効果』と題された基調講演では、田川氏が“まずは教科書的に”デザイン経営を解説した。その内容をレポートする。
デザイン経営は何をもたらすのか。時価総額7000億円 Peloton(ペロトン)の事例
「デザイン経営とは何か」という説明の前にわかりやすい具体例として紹介されたのは、アメリカNYに本部を構えるPeloton(ペロトン)。家庭用のエアロバイクを販売しながら、エアロバイクに備え付けられたタブレット上で運用されるオンラインジムサービスを提供している。2つのマネタイズポイントを持つ、「SaaS Plus a Box」というビジネスモデルで成功している企業だ。
同社のエアロバイクの金額は約25万円。さらには、製品とセットで月額5,000円のオンラインジムサービスを販売している。一般的に販売されているエアロバイクは本体のみの販売で、3~4万円という赤字すれすれの価格設定になっている事実を踏まえると、業界でも突出した売上があることは容易に想像できる。
Pelotonのサービスは、なぜ高価格なのに支持されるのか。そのカギは、同社のUX(User Experience/ユーザーが製品・サービスを通じて得られる体験)の秀逸さにある。
例えば、商品は「自宅に置いておきたい」と感じさせるスタイリッシュなプロダクトデザインが特徴。また販売方法は直販のみであり、商品を買うという行為が特別な体験になるよう、綿密に設計されている。
そしてオンラインジムサービスでは、全米からログインしてくる会員が同時に自転車をこぐ中で、誰が一番早いスピードを出せているか・誰が持久力に優れているかなどをリアルタイムで競い合い、カリスマトレーナーからの声がけがタイムリーに届く。自宅に一人でいながらでも、エキサイティングな体験が提供されるというわけだ。
つまり、Pelotonのデザインとは、これまでにないUXの提供だ。新しい価値を提供する「イノベーション」、そして唯一無二の存在と顧客に感じさせる「ブランド」の両輪が上手く連動していると言える。だからこそ、デザイン経営の鏡として今最も注目を集めるのだろう。
ビジネスモデルが「恋愛型」から「結婚型」へと変化し、デザインが重要視される時代に
このPelotonの大きな成功事例を踏まえて、田川氏は年表を示しながら、デザインがキーワードに挙げられるようになった歴史を紐解いた。
機械の時代と言われる、大量生産を実現した第1次産業革命からスタートし、電力・電子の第2次産業革命、そして、コンピューターが台頭する第3次産業革命に次いで、現在の第4次産業革命の時代はコネクテッドの時代と呼ばれる。これは、インターネットの普及によってビジネスモデルが大幅に変わった時代であり、田川氏曰く「デザインが前面に出てくる引き金になったタイミング」でもある。
インターネット普及前のビジネスは、例えば家電量販店でお金を支払う瞬間こそが、企業から見た時の唯一のマネタイズポイントであり、企業努力はその瞬間に集中していた。つまり、マーケティングセオリーの4P(Product・Place・Price・Promotion)で言うところの、Promotion(販売促進)に集中していたのだ。
しかし、この考え方はインターネットの台頭で激変することになる。第4次産業革命時代においては、インターネットは企業とエンドユーザーの関係を分断することなく、スマートフォンを介して接続し続けるため、手元で常にマネタイズが起き得るのだ。それは同時に、「使いにくいな」とか「自分のことをケアしていないな」と感じた瞬間、ユーザーは離脱して他のサービスに移ってしまうということでもある。
「ユーザー中心の思考が、企業にとって重要になったことで、デザインがフォーカスされるようになったのです」と、田川氏は言う。
顧客との接点は、インターネット以前は4Pで語られてきたが、現在は、4PにExperience(顧客体験価値)を追加した5Pで語られるようになった。また、ビジネスモデルも、いかに顧客とつながっている状態を継続できるかが重要になってきている。この状況のことを田川氏は、「恋愛型から結婚型へ変化した」と表現した。
「何とかして口説いて買ってもらうことが重要で、買ってもらったらその後のケアはないという恋愛型の世界から、日々のお互いの歩み寄りや改善、つまりコミュニケーションを重視する結婚型の世界に移行したということです」。
「デザイン経営の効果=ブランド力向上+イノベーション力向上」つまりは企業競争力の向上
先述の『「デザイン経営」宣言』とは、この第4次産業革命の時代に、企業がデザインを活用することの提言と打ち手をまとめたものだ。ここでデザイン経営は、企業の競争力に直結する事項である、「ブランドの力(=ブランド構築に資するデザイン)」と「イノベーションの力(=イノベーションに資するデザイン)」の向上に寄与すると解説されている。
田川氏は「ただし」という前置きをした上で、「ブランドとイノベーションの要素を、両方ともしっかりと持っていなければいけないわけではなく、この重なりのバランスこそが企業のキャラクターです」と話す。そして、具体的な社名と共に3つのパターンの説明を続けた。
改めて名前が挙がったのは、先ほどのPeloton。 確固たるブランドの構築と、業界内でおおよそ決まった本体価格でしか売上の立たなかったコモディティ市場に起こしたイノベーション。その両方の重なりの部分で存在を示している事業者だ。
一方で、自社のイノベーション機能をほとんど持たないながらも、ユーザーから長い間愛されるブランドを確立している企業として挙げられたのは、「無印良品」で知られる、株式会社良品計画だ。デザイン経営の効果の図でいうところの、ブランド構築に資するデザイン部分で勝負している企業ということになるだろう。
また、続いて挙げられたラクスル株式会社は、ビジネスモデルが確立しきっていると思われていた印刷事業において、インターネットテクノロジーを用いて大きなイノベーションを起こしたスタートアップして紹介された。ラクスル社の場合は、ブランドについての印象は薄いものの、圧倒的にイノベーションが強い企業と見ることができる。
デザイン経営の効果が出ている企業は、この3つのパターンの内いずれかに該当するという。その上で示されたのは、企業でデザイン経営を実践していく上での2つの必要条件だ。それは「経営チームにデザイン責任者がいること」と「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」。
日本企業では、経営チームにデザイン責任者がいるケースは稀だったが、『「デザイン経営」宣言』の発表後、株式会社メルカリではCXO(Chief Experience Officer)、株式会社ディー・エヌ・エーではCDO(Chief Design Officer)というポジションが新たに設置されるなど、変化への感度が高いスタートアップ企業において、経営のボードメンバーにデザイン責任者を迎え入れるケースが続いているといった動向も披露された。
デザイン経営は、コストパフォーマンスの良い投資であり、結果として企業価値を向上させる
では、デザインを経営の真ん中に置いた時、どのような効果が期待できるのか。
British Design Councilは、デザイン投資に対して、リターンとしてその4倍の営業利益が得られると発表している。
また、世界最大手の格付け機関S&P グローバル・レーティングが出している、10年間のアメリカの株価推移をベースにした分析によると、平均の株価と比較して、デザイン経営を実践している企業の株価は、2.1倍の開きが出ているという。
ただこれについて田川氏は、「デザインを取り入れたからということではなく、デザインを用いて顧客と良好な関係を構築し続けているからこその数値だと見て欲しい」と語る。デザイン投資はコストパフォーマンスが良い上に、長期にわたって取り組むことで企業価値が伸びるものだからこそ、「デザイン経営を実行しないという選択肢はないですね」と話し、会場の共感を誘った。
すべての産業にとって、デザイン経営は有効である
「日本はデザイン経営の実践においてはまだまだこれからで、気づきはじめた企業から静かにシフトしているような状態だ」と田川氏。最後に伝えられたメッセージはこうだった。
「インターネットの普及以降に誕生した企業は、デザイン経営の影響を大きく受けます。またインターネット世代以前の産業であっても、デザイン経営の実践は、多くの人から愛されるプロダクトを生み出すことにつながります」。
つまりは、デザイン経営とは、すべての産業においてこれからでも取り組むことができるテーマだということだ。
「デザイン経営」、そして「恋愛型から結婚型」「UX」「ブランド力とイノベーション力」など、田川氏から語られたキーワードの数々。これらと採用ブランディングはどう紐付いてくるのか。デザイン経営の重要性を認識させ、その後に続くパネルディスカッション1「デザイン経営における採用のあり方」への期待を高めたところで、基調講演は幕を閉じた。より具体的に、採用に活かせる視座が語られたパネルディスカッション1については、こちらをご覧いただきたい。