2032年の壮大なロマンとビジョンの実現をめざし、求職者も“お客様”と考える超顧客志向なニトリの採用手法

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家具を中心としたインテリア製品の企画から製造、物流、小売りまですべてを自社で行う「製造物流IT小売業」を掲げるニトリ。多様な人材を採用し、近年ではグローバル展開を推し進めるための人材や、デジタル変革を進めるための人材の獲得に力を入れている。
その採用戦略立案・実行の中心となっているのが、株式会社ニトリホールディングス 組織開発室 室長の永島寛之氏だ。永島氏は採用にマーケティング視点を取り入れ、オウンドメディアによる情報発信を強化。今後を見据えた大きなビジョン「2032年、3000店舗・売上高3兆円」の実現に向かって優秀な人材の採用に成功している。ニトリ流のオウンドメディアリクルーティングはどのようなものか、永島氏に話を聞いた。

求職者もお客様(Customer)と捉え、マーケティング発想の採用を実践
――グローバル人材やデジタル人材を採用するために、マーケティング視点を導入した経緯を教えてください。
永島 まず私の経歴から話しますと、東レを経て、2社目のソニーに在籍していたときに米国フロリダへ赴任しました。その際、2013年にカリフォルニアに出店したニトリ(米国では「Aki-Home」という名称)を見て、組織や事業領域拡大のパワーを感じました。同年にニトリへ入社し、そこから2年半ほど店舗で店長まで担当し、ニトリの考え方やコア・コンピタンスを勉強させてもらったことが今につながっていると言えます。
入社3年目、2015年に突如人材採用のマネージャーになりました。前社、前々社と商品開発に携わってきて、採用人事は初めての経験でしたが、そこがニトリらしいと思いますね。人事に長く携わってきた人に人事部長を任せるのではなく、まったく別のことをやってきた人に新たな価値観を持ち込ませるようとするんです。
採用担当になって取り組んだことは、まずニトリが目標としている「2032年、3000店舗・売上高3兆円」を実現する未来組織図から逆算した採用にすること。3000店舗・売上高3兆円を展開する未来ニトリの構成員の人物像を明確にしていくことでした。
また、これほど大きなビジョンを掲げ、様々な職種を内製するバリューチェーンの価値を高めていくことで、市場からは時価総額2.5兆円という評価を得ているにも関わらず、その事業の面白さをしっかり伝えきれていないということも課題でした。結果として「ニトリの製品が好き」という層、あるいは数少ない流通業志望者だけを母集団として採用しなければならなくなっていたのです。
2032年に幹部となる人を採用するのであれば、採用手法と広報を根本から変えていく必要があります。と同時に、母集団を集めて効率化するマス採用や、会社が将来どうなりたいかではなく有効求人倍率などの技術的問題だけを考える採用マーケット手法に問題意識を感じ、エンプロイー・エクスペリエンスを高める採用をしなければならないと考えました。
マーケティングでは一般的に、3C、すなわちCustomer(顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)のバランスから経営戦略を考えることが王道だと言われています。ですが、ニトリは「1C」でCustomerしか考えていません。お客様にとって本当に快適で豊かな暮らしを提供するにはどうすればいいかということに取り組んだ結果が、商品企画から原材料調達、製造、物流、販売までを一貫して自社でコントロールする独自のビジネスモデル「製造物流IT小売業」です。
学生さんもお客様(Customer)として向き合い、ニーズに合う採用を行っていこう、マス採用ではない個別に向き合った採用にしていこうと、取り組みを始めました。マーケティングがLTV(Life Time Value)の最大化を目指すのであれば、人事はETV(Employee Time Value)を高めることを目指そうと。
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オウンドメディアに留まらない、ニトリが行う3タイプの採用情報発信
――採用においてもニトリの「1C」、お客様すなわち求職者を第一に考えるという姿勢が貫かれているわけですね。2018年には、情報発信を強化するため、人事部内に人事広報グループを新設し、採用情報サイトのほか、2020年には採用オウンドメディア「ニトリン」を立ち上げました。2032年の目標を実現するための採用をめざす上で、どのような情報発信を心掛けていますか。
永島 情報発信すべてが採用ブランドの構築につながりますから、ウェブの表記だけでなく、リクルーターが掛ける電話の会話一つとっても大切な情報発信であり、すべての行動が目指す採用ブランドに基づくものであるべきと考えます。情報発信は大きく分けて3種類です。1つ目はマス向けに発信するオウンドメディア「ニトリン」や採用情報サイトの他、さまざまな冊子。2つ目はインターンシップ。3つ目はそれ以外のリクルーターや面接などの採用活動です。
1つ目のマス向けの発信は、店舗から見えない部分をお伝えしています。たとえば、2032年どうなっていたいか、そのためにどういう取り組みをしているのかといったことです。販売している商品は、約85%が自社開発品で、弊社は小売りだけでなく総合商社としての一面もあります。ブロックチェーンを活用してラストワンマイル配送を構築するなど、製造物流IT小売業であるということを広く伝えていくことがマス媒体の役割です。採用サイトは、すべてを詰め込んだ辞典のようなもので、オウンドメディアは、旬な情報が掲載される雑誌のようなものです。静的な情報更新となる採用サイトは内定者の安心材料になりますが、応募者を増やす役割は果たしません。採用母集団は、動的なオウンドメディアでのみ作れると思っています。役割を明確にして、使い分けています。
2つ目のインターンシップも、大事なメディア。毎年1万人の方にいらしていただいており、1〜5日間コースのうち約30%の方が5日間コースに参加します。インターンシップの役割は、就活で悩む学生さんをゼロにすることです。5日間で、ニトリ以外の会社でも通用する様々な部門の知識を身につけられます。たとえば「商品開発・広告」コースを受けて広告会社に合格したという学生もいます。結果としてニトリに入社しませんでしたが、その学生は後輩に「来年、就活するならニトリのインターンシップからスタートするといいよ」と口コミで伝えてくれるかもしれません。そういった方を経由した合格者が多いのです。参加者が大きなメディアになっているわけですね。
3つ目のリクルーターは、社員のうち入社3〜5年目限定で、採用だけを行う専任のリクルーターが約40人います。面接では、入社後のリアルな部分を意識して伝えています。弊社では新卒に限らず、中途採用の方も誰でも店舗からスタートします。そのため、マス向けの発信だけ見て「面白そう」と思って入ってくる人は離職につながりやすいです。面接を通じてできるだけ具体的に入社後のイメージを伝え、店舗を経験した上で将来どのような社会課題を解決したいのかを考えている方に入社していただきたいと考えています。
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きれいすぎない、“等身大”のリアルな姿をオウンドメディアで伝える

――理念を伝えるだけでなく、リアルの部分もしっかり伝えていくということですね。「ニトリン」でも、理念だけでなく現場で働かれている方のリアルな情報を届けていますね。
永島 今の若い人はITリテラシーが高いので、きれいな動画、きれいな画像といった静的なものは“作りもの”と見られてしまい、反応が薄いように思います。なので「ニトリン」では、人事広報グループのメンバーが撮った写真⋯⋯それが下手だと言っているわけではないんですけど(笑)、そういった写真のリアリティのある内容をお伝えしようと心掛けています。
たとえば、どんな社員がいてどんなことを考えているのか、社員個人の思いや希望を語ってもらい、動的なものが伝わるようにしています。他には、日々のちょっとしたイベント、たとえば「接客コンテスト」など、採用サイトに載せるほどの内容でないものも自由に、盛り上がった雰囲気のまま掲載します。いずれは困ったことや課題感も出していけると、もっと伝わりやすくなるだろうなと思っています。
――情報発信を強化することで社内においても変化はありましたか。
永島 「ニトリン」を見ている人は多いですね。社外の方とのインタビューも掲載しているので、自社が社外からどのように捉えられているかを見てもらういい機会になっていると思います。最近、「ニトリン」で気を付けているのは、社内の“キラキラしている人”だけを紹介するのではなく、普通に地道にがんばっている人をピックアップするということです。キラキラしている人はキラキラしていることしか言わないし、作る方もそのように仕上げてしまう。それはあまり心に刺さらないとわかってきたので、隣にいるような等身大の人の夢を伝える記事を積極的に出していこうとしています。その他、毎月20ページほどの社内報を作っており、それも含めてオンライン・オフラインで情報を発信しています。
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ジョブ型かメンバーシップ型かよりも、個々の成長を促す人事をめざす

――採用情報サイトも、新卒、キャリア、パート・アルバイト含めて充実しています。
永島 採用サイトはマス向けのサイトではありますが、実際のところは内定者や、一次面接で合格した候補者、中途採用で既婚者であれば配偶者が確認するといった場合が多く、「ニトリン」よりもしっかりとした情報を事典的に並べるようにしています。
――ITセキュリティスペシャリストやECサーバAWS担当などの職種では、ジョブディスクリプションも詳細に書かれています。
永島 ジョブディスクリプションを作り込む職種と、ほぼ不要な職種を、完全に使い分けています。情報システム、財務経理、法務室など、ある程度ジョブで定義できる職種はジョブディスクリプションを作り込んでいます。一方で、3年から5年に1回配転するメンバーシップ型の場合は、あえてジョブディスクリプションを作りません。弊社では、各部署で専門性を身につけ、それをつなぐことで自分なりのスペシャリストになることをめざす配転教育を大事にしています。たとえばバイヤーもいろいろな経験があるバイヤーがいるからこそ、他社には真似できない驚くような価格が実現できるわけです。それが弊社のユニークさにつながっています。
そもそも、ジョブ型かメンバーシップ型かという狭い議論よりも、組織型から個人型、マス人事ではなく一人ひとりの成長を促す人事をめざすという議論をしなければならないと思いますね。
――配転することで、その人にしかできない付加価値を生み出せるという考え方は、もともとニトリのカルチャーですか。
永島 もともとニトリのカルチャーです。そこをどう採用につなげていくかを考えるのは難しいですね。配転の話をすると、中途採用でいらっしゃる人は二の足を踏むことが多いのです。「自分の専門性が崩れてしまうのではないか」と。私自身、以前はずっと商品企画の仕事をしてきましたが、ニトリに入社した後は一瞬たりともその仕事はしていません。僕は楽天的に前向きに考えていますが、気になる人は「そろそろ専門の仕事をさせてほしい⋯⋯」となるでしょう。面接で配転の話をして二の足を踏んだ方は、入社後も難しいですね。
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求職者の併願企業に変化が起き、情報発信を強化したことの効果を実感
――お話いただいたようなオウンドメディアによる情報発信で、どのような成果がありましたか。
永島 大きな成果は母集団の変化です。目先のやりたいことを求めて人が集まるのではなく、ニトリがめざす未来に共感している人が集まってくれるようになりました。そこは大きいと思います。
また、新卒採用においては、私が入社した2013年頃は、ニトリと併願している会社はほとんど流通業でした。現在の併願先は、金融30%、メーカー40%、それ以外が30%くらいとなっています。2018年に人事広報グループを新設し、情報発信を強化してからこのような状況になったので、流通業以外の分野に興味がある学生さんへ届くように情報発信の仕方を変えた結果だと思っています。
実は、人材採用のマネージャーになって最初に採用した新卒学生に、入ってすぐ離職されてしまった経験があります。面接の記録を見ると、やはり関心が薄そうだったのに強引に誘ってしまい、ミスマッチが起きていました。入社後どういう活躍をするか、どう活躍してもらいたいか、というところまで一緒に考えられた人に入社していただきたいと思っています。