編集ファーム経営者、DeNA「フルスイング」元プロデューサー、フリーランス・ブランドエディターが考える、採用において“編集”が果たす役割(前編)

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採用のために、企業がオウンドメディアを活用して情報発信をするケースが増えてきた。そのコンテンツ制作において鍵を握っているのが編集者・インハウスエディターだ。編集者・インハウスエディターが携わることでどのようなポジティブな影響があるのだろう。また、オウンドメディアリクルーティングを効果的に実践するため、編集制作において留意すべき点はどのようなことか。
ウェブメディア「UNLEASH」やライティングを学び合うコミュニティ「sentence」を運営しながら、編集者の新しい働き方を模索している編集デザインファームinquire(インクワイア)代表取締役社長・モリジュンヤ氏、オイシックス・ラ・大地をはじめとする企業と二人三脚で情報発信をしているフリーランスのブランドエディター・井手桂司氏、多彩な企画や質の高さが高く評価され、「オウンドメディアリクルーティング アワード2019」を受賞したディー・エヌ・エー(DeNA)の採用オウンドメディア「フルスイング」の元プロデューサー・榮田佳織氏。
それぞれの異なる立場で活躍してきた3人に、採用のためのオウンドメディアを運営するに当たり、編集者・インハウスエディターとして考えてきたことや、実践してきたことを語り合ってもらった。2回にわたってお送りするスペシャル鼎談企画。前編は、立場が異なる3人が実践する採用情報発信の相違点と共通点や、編集だから果たせる役割を中心に話が進んでいった。
三者三様のアプローチで、企業と“人”の幸せな関係を模索する

――まず自己紹介をお願いします。
モリ inquireという会社を経営しています。編集者やライターのチームで、いろいろな企業のメディア運営やコンテンツ作りのお手伝いをしています。2018年、メルカリが『メルカン』を立ち上げた辺りから採用に関するメディアの運営やコンテンツ作りのご相談をいただくことが徐々に増えてきて、2019年から特に活発になりました。なかには、メディアやコンテンツを活用したコーポレートブランディングの相談もあり、企業としてメッセージを届けていったり、理解を深めてもらったりして、採用にもつなげたいというご相談を受けることもあります。
採用に関する発信を行うためには、社内に精通している必要があります。僕らのような外部の人間が、会社の採用状況を把握し、採用したい人物像を把握して、かつ、その会社の“らしさ”がちゃんと反映されているコンテンツを作るためには、会社についてのインプットが必要ですし、制作過程においての議論なども必要なため、コミュニケーションのコストもかかります。ですので、支援させていただく際は、伴走できる状態となることを心掛けています。「入社して2カ月の人よりも会社を理解している」くらいのマインドセットで、会社のことを知ろうとしていますね。
メディアやコンテンツは、採用のための一手段です。そのため、他の採用活動がどうなっているのか、採用課題にはどのようなものがあるのかを知っていたほうが柔軟に動きやすい。そのため、ときにはコンテンツ以外の採用に関するディスカッションに入ることもあります。採用活動全体のなかで、コンテンツとして何ができるかを考え、制作できる状態を作りたいと考えています。
井手 僕はフリーランスのブランドエディターという肩書きで、いろいろな企業や個人の方が情報発信や、活動の意義を言語化するお手伝いをしています。
めざしているのは、その企業を応援して支えてくれるファンを一緒に育てていくこと。ファンを作っていく上では、社員の方自身が自分たちの会社をむちゃくちゃ愛しているというのが根本に必要だと感じているので、社内広報も同時に考えています。そして、社員が愛着を持つ企業にしていこうと考えると、そもそもどういう人に入社してもらうかということも大事なので、採用についても関わり始めました。
現在、僕がお付き合いさせていただいている企業には、オイシックス・ラ・大地さんやIKEUCHI ORGANICさんがいて、僕自身がファンとして価値を感じていました。自分が好きだからこそ、ここ磨けばもっと光るのではないかという気持ちで関わっています。まったく好きでないところだと支援するのがしんどいと思うんですよね。
企業側から見れば、オウンドメディアを活用していくときに、いろいろな人を巻き込んでいかないといけないと思いますが、まず目の前の人にどうやって好きになってもらい、関わってもらえるかを考えることは大事だと思います。
榮田 2017年12月から2020年3月まで約2年、DeNAの採用オウンドメディア「フルスイング」を担当していました。中途で入社して1年も経たないときで、DeNAという会社をまだ知りきれてないときにオウンドメディアを担当することになりました。
自社のカルチャーって何だろう、各部門で共通するものは何だろうと考えながら進めました。DeNA Qualityという行動指針に代表されるような考え方をコンテンツにどうにじませていくか、それを体現する人はどういう方なのかを定義していくのは、とてもやりがいがありました。
応募数イコール採用数という形が実現できるとベスト。応募する方もDeNAのカルチャーをオウンドメディアを通して深く知っていて、選考中や採用後にギャップが発生しない、そもそも合わない方は応募前に判断ができるくらい情報を届けることができたら、お互いハッピーだと考えています。
ミッションやカルチャーを現場文脈で発信するオイシックス・ラ・大地の取り組み
企業規模によって変わる、採用のための情報発信における課題感

――オウンドメディア編集部において編集者・インハウスエディターとしてどのようなことに注力していますか。
モリ 組織の規模や展開している事業の数によっても変わりますよね。
井手 そうですね。DeNAは社員数何人ですか。
榮田 2400〜2500人くらいです。
井手 モリさんが支援する企業はどれくらいの規模が多いですか。
モリ うちは、スタートアップやベンチャーの発信をお手伝いすることが多いので、伴走しながら支援する会社だと、マックスでも150人ほどです。
榮田 それぞれ課題感が違いますね。たとえば、DeNAと規模が似ている会社で採用オウンドメディアを担当している方と意見交換をしたことがありますが、「何をしている会社かよくわからないと言われ、実はいろいろやっているのが伝わっていない」「会社内部の他部署に、対内・対外的に発信をしている似た部門が複数ある」「会社内部の理解が得られにくい」など、課題感もDeNAと似ているという話を聞きました。
井手 事業のミッションが会社のミッションと重なっている企業はわかりやすいけれど、多角化が進んでいるところは「会社のDNAと言われても⋯⋯」みたいなところがあります。
榮田 そうですね。やり方がだいぶ変わってきますよね。DeNAの場合は、名前は知られているので、SEO対策よりもDeNAらしさを伝えることにフォーカスしてきました。小規模の会社は知名度を上げるために、SEO対策も考えられるかもしれません。
モリ 採用のためのコンテンツは、認知と理解の役割に分かれますよね。採用において、自社の認知を広げて魅力を知ってもらうための発信と、会社の理解を深めてしっかり腹落ちしてもらう発信という、2つのコミュニケーションの課題が生じていることが多いです。それぞれ目指すところや数値目標も違ってきますね。
社員数が急増に増えるなか、ビジョンを明文化したLIFULLの採用施策
戦略的に採用課題に対する解決方法の仮説を立て、臨機応変に改良

井手 2019年の「オウンドメディアリクルーティング アワード2019」のパネルセッションで、榮田さんが、オウンドメディアリクルーティングのKPIはPVで見すぎるのはよくないと話していたことが印象的でした。少し前までは、みんなPVをわりと無批判に追っていた気がしますが、最近は戦略次第で追うべきものはどんどん変わっています。KPIの設定や考え方も、ディスカッションすることが大事になってきている感じがしますね。
モリ そうですね。たとえば、アトラクトが足りないので内定承諾までいかない、一次面接から二次面接の間での離脱が多いといった課題に対して、コンテンツではどういうことができるか仮説を立てます。KPI設定が難しいですが、その仮説がどのくらいワークしたかを、PVではない基準で判断することが必要です。
榮田 仮説を持って始めるのは大事ですね。いろいろな企業から「オウンドメディアを始めてみたい」「オウンドメディア担当になったけれどどうしたらいいですか」というお話をいただきます。ただ、焦ってとりあえず始めてしまうと、継続的に作っていくのはとても大変です。仮説を立てて違ったら、また検証していくという方法がいいと思います。
フルスイングも2年関わったなかでKPIはどんどん変わりました。最初は先行していた他社オウンドメディアとDeNAの「フルスイング」の違いを意識しながら運営してきましたが、だんだん他にもたくさんオウンドメディアができてきて社会的環境が変わりました。また、DeNA自身が抱えている採用課題や育成課題も刻々と変わっていきました。オウンドメディアを立ち上げてからも、仮説はどんどんアップデートしていくものだと思います。
モリ 変化に対して柔軟に対応していくことを前提とすることは大事ですね。
徹底して人の成長にこだわる企業カルチャーを発信するDeNAの「フルスイング」
採用戦略に加え、会社の“らしさ”を伝えてブランディングにも貢献
――状況が日々変化していくなかで臨機応変に対応していくという点は、編集によって解決していけるものですか。
モリ 生じた変化を捉えて、適切なアプローチを取るという視点で、編集が力を発揮できるケースはいくつか想定できます。採用したい人材像に対して、どういう情報を発信すべきかを想定する。求職者が仕事に対して何を求めていて、どういうニーズを抱えているのかの仮説を立てて、競合他社と比較したときに選んでもらうための訴求方法を考える。伝えたい人たちに伝えたい要素が届くようにするため、どういう情報をどんな文脈で届けるかを考える。これらのように切り口をどう作り、どう加工するかは編集によりますね。
榮田 そうですね。伝えたいことをそのまま言っても伝わらないなかで、切り口を考えたり変換したりするのは、編集の力です。
モリ たとえば、一次面接において、会社の基礎的な情報のインプットに時間が取られてしまい、応募者のことを知るまでに至らないという課題があったとします。そのときに、候補者に知ってもらいたい基本的な情報をコンテンツにまとめて、一次面接に来るまでに見てもらうよう送れば、採用の全体効率が上がります。課題に対して、コンテンツで可能な解決策を提案するのは編集の仕事ですね。
井手 どちらかというとマーケティング的な目線で発信すべきものを精査していく感覚に近いと思います。ただ、「採用のために戦略的に動く」ことは必要ではあるけれど、「会社のここが好き」「自分たちとしてどうありたいか」といったコンテンツも作っていかないと持続可能性が弱いと思います。両方を追っていくのが大事でしょう。
榮田 すごく共感します。社内において「フルスイング」の認知が上がってくると、「今エンジニアの採用に困っているからAIエンジニアの記事を書いて」といった短期的な相談が増えてきました。うれしい反面、採用方針に対する補完だけでいいのだろうかと思うようになりました。
そこで、もっとコアの部分、社員も誇りに思える部分、自社を好きになってくれる人たちを社内外に増やすような、中長期的に成果を出せるようなコンテンツも意識して作ろうとしていました。そうでないと、短期的な成果を出すコンテンツ作成に追われてしまいます。そういった理解を得るための社内活動も必要だと思います。
モリ その時に大切なのは、会社の“らしさ”ですよね。“らしさ”は外部からどういう印象を持たれているかということの言語化整理だったりもしますし、複数の社員が同じようなことを言っているときは、それが目指している“らしさ”だということがわかります。そういう要素を把握して、言語化して、整理した上でコンテンツにどれくらいにじませるか。この会社だからこういう言い回し、言葉選びをするというものがあって、それをちゃんと反映できるようにするのが編集の仕事だと思います。コンテンツ単位で“らしさ”を反映すると同時に、複数のコンテンツに統一感を出すのも編集の仕事です。
榮田 DeNAの場合はもともとカルチャーが立っているとよく言われるので、そういったカルチャーを体現している人を探しました。DeNAをやめた後に社外で活躍している“卒業生”で「DeNAで培ったことが役立っている」と言う人も多いので、彼らにインタビューする連載を企画したこともあります。
モリ 伴走して支援している会社の中では、カルチャーやバリューがまだないところもあり、ときにはそれらを作るお手伝いをします。