編集ファーム経営者、DeNA「フルスイング」元プロデューサー、フリーランス・ブランドエディターが考える、採用において“編集”が果たす役割(後編)

INDEX
企業が自ら情報発信し、採用に活用する手法であるオウンドメディアリクルーティング。そのコンテンツ制作を担う編集者・インハウスエディターは、どのような役割を果たしているのだろうか。そして、彼らが最も重視していることとは何だろうか。
編集者の新しい働き方を模索している編集デザインファームinquire(インクワイア)代表取締役社長・モリジュンヤ氏、オイシックス・ラ・大地など企業の情報発信などを手掛けるフリーランスのブランドエディター・井手桂司氏、「オウンドメディアリクルーティング アワード2019」を受賞したディー・エヌ・エー(DeNA)のオウンドメディア「フルスイング」の元プロデューサー・榮田佳織氏が、自らの経験からコンテンツ制作のポイントを語った。
後編は、コンテンツ制作をする“従来”の編集に留まらず、企業のブランディングや社員を巻き込んで採用の情報発信をしていく“新しい”編集の役割を中心に語ってもらった。
周りを巻き込むのが編集者・インハウスエディターの役割

――オウンドメディア編集部の体制作りにおいて気を付けていることを教えてください。
井手 基本的に、採用先の現場社員の方々にリーダーシップを発揮してもらいたい想いがあります。
たとえば、エンジニア採用をしたいときに、エンジニアがどんな基準で職場を選ぶのかは、エンジニアを職にしていないのに自分では理解しきれていないところがあります。人事担当者もわかっていない場合もあるでしょう。エンジニアが求めるものは同じエンジニアが一番詳しいはず。なので、社内のエンジニアに先頭に立ってもらい、採用において何をどうアウトプットすべきかを一緒に考えてもらいたいんですよね。
そう考えると、実は僕たちがすることって、現場の採用に対するモチベーションを上げる環境作りをし、背中を押してあげることなんじゃないかと思います。特に、数百人・数千人規模の企業だと人事担当者だけではわからないことが多いです。今すぐ採用しないといけないポストに関しては人材紹介会社やスカウティングに注力して、オウンドメディアを使った採用情報発信は社員の方々と一緒に畑を耕していく感覚です。
榮田 そうですね。(前編で話したように)戦略と仮説を作ることはとても大事なんですけど、そのプロセスにみんなを巻き込んで一緒に作ってもらうことも同じくらい大事です。むしろ「主役はみなさん」という感じで作っていくといい気がしますね。そうでないと、人事や広報が勝手に作ってしまい、作った後に「これ、全然違う」ということがありえます。
モリ 協力して発信していくためには、社員とリレーションを作ることが必要ですよね。たとえば、「この社員が持っている、この情報をアウトプットしたい」という場合、その社員が書けるようにするためにどうするか、協力的な人なのか協力的でない人なのかをどう判断するか、協力的だけど忙しい人だったら書いてもらいやすい状況をどう作るかなど、配慮や働きかけが欠かせません。
榮田 めちゃくちゃわかります。社内の営業活動のようなものですね。規模感が大きい企業は、特にキーになる人と話をしたほうがいいと思います。
井手 企業内の採用責任者や、採用施策の中心人物として動く人にとって一番重要なものは、情報の編集力というよりは人の巻き込み力のほうですね。巻き込み力があれば、モリさんのように戦略を組み立てるのがうまい外部の人をチームに入れることもできるし、社内のメンバーに対してもどんどん協力者を募って機運を盛り上げていくこともできます。
客観だけでなく感情や熱量で語ることで、周囲を巻き込む

モリ 巻き込みが必要だったとして、「採用目標のために協力してくれ」という言い方では、おそらくほとんどの人は巻き込まれてくれません。「会社のミッション、パーパスに向かうためには仲間が必要。その仲間を採用するためにみなさん助けてください」といったストーリーテリングも重要ですよね。
井手 そうですね。今の採用目標がどうなっているからといった客観情報だけで語られちゃうと感情が動きづらいですね。やっぱり主観というか、感情がほしいです。社内外の人を巻き込んでコトを起こしていける人は「なんとかしていきたい」というバイタリティが出ています。その人が自分の言葉で熱量をもって語れなかったとしても「なんとかしたい」という空気を醸し出していればいいと思いますね。
榮田 極論を言うと、オウンドメディアというものはなくても採用施策は回っていきますから、やっぱり熱量は大事です。
自分の例で言うと、採用チームがいつも隣にいるので、採用イベントを一緒に運営するなど、一緒に活動を行っていくことで仲間になりながら関係値を作りました。そうしたことも関係してか、些細な相談や頼みごともしやすくなれたと思います。彼らのメールの署名などにも「フルスイング」のURLを入れてもらいました。(「フルスイング」があったことで)「候補者さんと盛り上がった」「以前より深い話ができた」といった声をもらうことが重なっていくと、オウンドメディアが会社にとってなくてはならない存在になっていきます。
――人事は経営課題であり、経営層を巻き込んでいくべきという考え方が広がりつつあります。オウンドメディアにおいても、経営者やリーダー層を巻き込むことでブレイクスルーできたということはありますか。
榮田 あると思います。最初のブレイクスルーの体験で言うと、技術系の執行役員が「フルスイング」を認めてくれてかなりやりやすくなりました。規模が大きめの企業は上層部の理解を得ると進めやすくなると思います。
井手 このテーマは話し出すと深いですね。トップダウンで始まるのが理想的だと思いますが、そういうケースはまれだと思うんです。まず現場から始まってボトムアップで火を付けていくというケースの方が多いですね。最初は上層部にこの活動の価値をなんとか認めてもらうことも一つの目標に入ってくると思いますが、予算をかけてしまうと「なんのためにこれやっているのか」「すぐに成果を出せ」といった圧がかかって潰されかねません。最初はどちらかと言うと、いかに予算をかけずにわかりやすい結果を残せるようなスキームを組んでいくのかが、肝になってくると思います。
モリ 大きな予算をかけて、しっかりしたメディアを作り込んでから始めようとすると失敗することが多いですね。運営していくなかで仮説が変わることも起こるので、KPIをどう設定したらいいか明確でないこともありますし、成果に対するロジックも作りにくい。その状態で始めるより、「ここは間違いなくできそうだ」というところを最低限作りつつ、進めながら仮説を検証していく。企業によってどういう結果が出ていると、社内から承認されやすいかは多少違うと思いますが。
PVだけが重要ではないとは言え、PVが会社的に評価されるのであれば初期はそこも狙って作っていかないといけません。強く支持してくれている人がいるという定性の側面が強く評価されるのであれば、そういうものをしっかり作ろうと初期目標を定めていけばいいでしょう。
井手 続けるための大義名分と、上層部を説得するための説得材料を、両方ともしっかり作っていくのは大事ですよね。
社内にあるエピソードを集め、自社の魅力を発見するための方法についてはこちら
編集者・インハウスエディターは「半分中、半分外」に身を置く

――オウンドメディア編集部に編集者・インハウスエディターがいることの意味はなんだと思いますか。
モリ 編集は情報や関係の仕事です。戦略寄りの部分から現場寄りの情報の整理をして、その後に周囲の人たちと協力しながらものごとを前に進めていく職務だと思います。
井手 そうですね。一歩引いた目線から、「外から見たときにこういうメンバーが揃っていたほうがうまくいくな」「こういうふうに整理していったほうが外の人に対して伝わりやすくなる」といった、客観的に必要なことを考え、提言をしていくポジションです。
それが社内にいてもワークすることはあると思うんですけど、社内にいると客観的に見られないところもあるので、社外の存在があったほうがいいかもしれません。だから、僕やモリさんが仕事させてもらえているのだと思います。僕たちのような存在がいなかったとしても、社外的な目線を取り込めるような仕組みをうまく作っていくといいと思いますね。
モリ 中にいても客観性が強く持てる人だったらいいかもしれないですよね。また、外から関わるときも、完全に客観ではなく、その会社の事業や組織を好きにならないと、どこが大事なのか理解できなくて発信に反映させられません。
井手 本当そうですよね。半分中、半分外という感覚です。
榮田 私は社員として中の目線が強くなりがちだと思うので、いかに中立の立場でいるかということを心掛けていました。「うちはこういう魅力がある」と社員が語っても、「それは他社にもある。うちだけの魅力じゃないから発信するかは慎重に検討しよう」ということもありました。
弊社だけにあるものか、他社にもあるけれど弊社がもっとすごいのであればどれだけすごいのか、すごいとはなんなのか。そういったポイントを言語化し、ファクトを取って、それが採用したい人物像に刺さるかというところまで確認してから、企画にしていました。そうでないと採用したい方には届かないように感じます。
社員には自由に情報発信してもらいつつ、採用にもつなげる
――最後に、オウンドメディアの今後の課題や、めざすべきところについてどう考えていますか。
モリ 課題は全体での発信の整理ですね。組織規模が大きくなると各部署それぞれで発信ニーズが出てきて、メディアが増えていくことはよくあります。そうすると二重三重にコストをかけながら、同じような課題に対する発信を行っているということがあり、もったいないと思います。
社員個人の発信やチーム単位での発信も同様です。基本的に自由に書いてもらって、それが会社の採用につながるという状態を作るのが理想的です。ただ、会社としてこのタイミングに集中して発信できたら山を作ることにつながるのに⋯⋯というところで発信できていないこともあります。みんなが思い思いのタイミングで書くので総量は増えているのに、動きが小さく見えて印象をしっかり伝えられないことがあります。
なので、プレスリリースを出すなど会社の注目が集まるタイミングに合わせて、社員に協力してもらうにはどうすればいいかを考えることが大切です。とは言え、コントロールしすぎるとやる気がなくなってしまいます。ボトムとトップの整合性をどうやったら実現できるか考えていきたいですね。
榮田 理想的には会社が大きな発表をしたら社員がうれしくて勝手にシェアするような、山も作れるし、強制もしていないという状態までいけるといいですよね。それには、みんなに好きになってもらうカルチャー作りが大事な気がします。
井手 そうですね。社員が能動的に動いてくれるオウンドメディアが理想です。僕らのような支援する人がいなくなった瞬間にいろいろなものが止まってしまうのは、支援の仕方としてあまり健全とは言えません。基本的には、社内のみなさんで自走していく状況をめざしたいと思っています。
モリ 本来的にオウンドメディアを機能させようとすると、組織作りと連動して組織土壌を耕すような話だと思います。最終的には、会社の中の人に届くものを作っていたら外にも届くというように、社内外で届けたい人材像があまり変わらないというのが理想ですね。