採用を進化させるために不可欠な「経営戦略と人事戦略」の一体化とは ――ニューノーマルの時代に読み解く、ジョブディスクリプションの本質 vol.3

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「オウンドメディアリクルーティングの基礎となる人事戦略。人事戦略が経営戦略と紐づいていなければ、ジョブディスクリプションにも正確な人材像が投影されないのではないか」と語るのは、元「リクナビNEXT」編集長で、現在はルーセントドアーズ株式会社 代表取締役を務める黒田真行氏。
連載寄稿記事の3回目では、経営戦略と人事戦略のつながりのなかでジョブディスクリプションについて考えていきます。日本企業の経営を取り巻く外部環境と、それによって変化してきた経営戦略の重要度が、オウンドメディアリクルーティングにどんな影響をもたらすのか、人事部門のあり方にまで踏み込んだテーマを解説します。求める人材に響くジョブディスクリプション作成のためにぜひ参考にしていただければ幸いです。
黒田 真行氏。ルーセントドアーズ株式会社 代表取締役。1988年リクルート入社。「リクナビNEXT」編集長、「リクルートエージェント」ネットマーケティング企画部長、リクルートドクターズキャリア取締役など、30年近く転職支援事業に関わる。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』ほか。
経営戦略と人事戦略、方向性はそろっているか
日本の大手企業は製造業が中核をなす時代が長く、高度成長期から2000年頃まで本質的に大きな変化にさらされてこなかった影響もあり、人事部門は現場からの要請を受けたうえで独自に戦略を立てる習慣が長く続いてきました。ただ、リーマンショック以降はいよいよ既存システムでは運用が追い付かなくなり、戦略のあり方や、戦略立案方法を変えていかなければいけない時代になってきました。
しかし、実際にその変化を進めていこうとした際に、経営と人事、人事と現場の間でギャップが生まれることがあります。その原因はどこにあるのでしょうか。
経営や現場の意見としては、
「人事は、視野が狭い。現場の理解が不足している」
「人事が起案する制度変更は、表層的な流行を追っているばかりで本質的ではない」
「グローバル化に対応する制度変革を求めても、できない理由しか言わない」
「労務にだけプロ意識を発揮されても困る」
などの不満を挙げられることが多いようです。
逆に人事としては、
「経営は、人事戦略について勉強不足だ」
「目先の利益ばかりで、長期的に人材育成する視点がない」
「口先で変革を求めるが、実際には旧態依然とした方法を好むから考えるだけ無駄だ」
「景気が悪くなればリストラを指示し、良くなれば人がいないと責め立てられる」
というような不満が漏れてくるケースが多くあります。
この意識や視界のギャップはなぜ生まれているのでしょうか。
経営と人事、また人事と現場の間で、普遍的な経営理念の理解や、過去から続く自社の風土・価値観への理解がいくら一致していても、「未来に向けての経営戦略を共通認識として持てていない」ことがその背景にあります。経営戦略がオープンにされていない、あるいは経営戦略が形骸的なもので実質的に機能していない企業がまだまだ多い実情もあります。
しかし、企業経営の根幹である経営戦略についての理解や視界がバラバラでは、人事が考える「人事の役割」と、経営が期待する「人事の役割」が、食い違っていても仕方がありません。経営戦略について人事部門が深く理解した上で、採用はもちろん、評価制度や教育、人事配置などを固めていかなければ、企業全体が羅針盤を失い、漂流することにもなりかねません。
経営を取り巻く外部環境変化と、これからの人事戦略
日本企業の経営を取り巻く環境は、バブル崩壊からの30年間で構造改革を迫られながら、根本的な手を付けられないままでした。近年テクノロジー革命の洗礼を受けて、ようやく変化せざるを得ない段階に入ってきています。
特に大きな要素は、
●グローバル化
●デジタルテクノロジーの進化
●少子高齢化の加速
の3つの変化です。
これにより経営の観点では、
・海外市場におけるシェア獲得
・グローバルな人事組織制度の構築
・自社の競争力や優位性の再検証
・テクノロジーの進化への対応
・人口構成の変化への対応
・人生100年化に合わせた個人のキャリア支援
などの再強化が求められています。
これに連動する形で、人材戦略の優先課題も以下のようになってきているのが現状です。
・グローバル成長を牽引する次世代リーダー人材の確保・育成
・それらの人材に期待するミッションの開示
・職務要件定義の再定義とジョブディスクリプションの見直し
・イノベーション創出をリードする人材の発掘・獲得・育成
これらの課題を、「採用・配置・育成・評価・報酬・代謝」という人事プロセスにどう織り込んでいくのか。経営戦略にもとづく求める人材像の設定や、ジョブディスクリプションへの反映も急がなければなりません。その前提として、人事戦略の舵を大きく切り直す必要が生まれています。
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●従来型の人材戦略
・プロパー人材の長期的な育成と管理
・新卒一括入社と連動した人事管理
・企業固有の強み・特殊スキルの育成
・内部での公平性重視
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●これからの人材戦略
・柔軟性、即応性と中長期戦略の両立
・事業環境・経営戦略とのリアルタイム連動
・戦略に合致した人材・リソースの獲得
・人材活用の個別最適化(採用・配置・再教育)
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人事戦略を再構築する際の注意点
人事戦略の立案について、従来、日本においては“守り”を軸に置いた戦略作りがなされてきました。
個人の業績をもとに給与・賞与・昇格などを査定し、人材配置や労務管理を合わせて行うのが人事の主な業務で、定型的な業務も多かったことから、経営切り離されて考えられることが多かった領域です。しかし、スピード感を持って経営戦略を肉付けしていくために、これからの人事のミッションは以下の3点に力点が置かれることになります。
・経営戦略実現に貢献する優秀人材の職務要件定義と人材像の言語化
・優秀人材の確保・育成のための手法開発
・経営戦略に紐づいた人事戦略実現のためのプロセスの磨き込み
人事戦略の要は、「従業員全員が経営戦略の実現に向け最大限の力を発揮できること」が目的となります。
「減点方式で従業員のあら探しばかりしている」「リストラの最前線で育てることより切ることを優先している」といった従来のマイナスイメージから脱却し、人事が積極的に社内の業務全体の推進を担う潤滑剤となる必要があります。経営戦略との連動性を高めていくことは、人事部門のスタッフが会社経営全体を把握できるようになるメリットもあります。
それによって、「従業員の能力を活かせる仕事は何か」という観点に、人事の業務が集中していくことになり、経営戦略を実現するために人材をフル活用することにつながっていくはずです。
人事戦略の構築パターンは個社性が強いものです。企業理念をあらためて明確化し、流行の方法論や他社の事例に惑わされないようにしながら進めていくのが王道です。
人事戦略を導入するに当たり、経営陣は企業目標や経営戦略を全ての従業員に分かりやすく示す必要があります。企業目標が曖昧だと、どんな人材が会社に必要なのかが見えてこないからです。会社によっては、経営戦略に一貫性がないこともあります。また、従業員からの提案を受け入れられない硬直化した経営者も少なくありません。
優秀な人材確保のために使える労働分配率のあり方、ニューノーマル時代の働き方や待遇、育成環境の整備など現行制度も思い切って見直すことが必要かもしれません。
そして、これらすべてのことをジョブディスクリプションや、会社としての考え方、あり方を示すシェアードバリューコンテンツに反映していく必要があります。オウンドメディアを介した採用活動は、単なる人材募集ではなく、会社が目指している方向性やそこに向かうための戦略、また、従業員への考え方を、未来の従業員に開示するステイトメントの役割も担い始めています。