小売からフィンテック、さらに知識創造型ビジネスへ。進化した“今”の姿を伝え、多様な人材を集める丸井グループの採用戦略

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「小売と金融を一体化させた独自のビジネスモデル」により、小売りからフィンテック、さらには知識創造型ビジネスへ進化を続ける株式会社丸井グループ。「すべての人が幸せを感じられる豊かな社会の実現」を目指し、その推進を担う人材を求めて新卒採用・第二新卒採用・キャリア採用を展開している。
採用サイトにおいては「インクルージョン(包摂)」をキーワードに掲げ、自社の理念やミッションを強く打ち出すオウンドメディアリクルーティングによるコミュニケーションを実施。たとえば、身の回りのちょっとしたことから社会課題までを未来志向で情報発信するメディア「この指とーまれ!」、企業ビジョンを伝える60ページ近い「VISION BOOK 2050」、120ページ超の「共創経営レポート2020」といったメディアとも連携して求職者との共感を高め、求める人材へのアプローチを行っている。
求職者への強いメッセージと丁寧な訴求による採用戦略やオウンドメデイアリクルーティングについて、人事部採用課の宇高由紀子氏に聞いた。
宇高由紀子氏。丸井グループ人事部採用課長(2021年2月現在)。1996年、明治大学経営部卒業。同年、丸井(現丸井グループ)入社。店舗での販売、バイヤー、販促、広報など様々な部門を経て、2018年4月より人事部へ。広報では、投資家向けの「統合報告書(共創経営レポート)」やコーポレートサイトの制作に携わるなど、社外への情報発信も担当。人事部では、販促や広報での経験を活かし、採用ブランディングの確立に注力。求職者にグループの本質的な姿を伝えるべく、理念や中長期的な成長戦略などの情報を積極的に発信し、採用につなげている。
※記事内における宇高氏の肩書きは取材当時(2021年2月)のもの
進化している“今の姿”を伝え、ミスマッチを防ぐ

——採用の手法として、オウンドメディアリクルーティングに力を入れ始めたのはいつ頃からですか。
宇高 自社が運営する採用サイトや共創経営レポートを使った採用活動に注力するようになったのは2015年です。実は、2007〜2014年あたりの弊社業績は非常に厳しい状況で、そのときは積極的に情報発信へ取り組む余裕がありませんでした。業績が回復して、いろいろなことに余裕が出てきたのが2015年でした。
そして、企業として多様な人材を求めるという戦略のもと、2018年から本格的にキャリア採用をスタートしています。これからの時代を見据えると、デジタルの活用やデジタルによる変革を避けては通れないため、専門性が求められるIT人材を中心にキャリア採用を実施しています。
——本格的にキャリア採用をスタートして3年ほど経ちました。これまで、どのような課題や考えを踏まえて情報発信してきたのでしょうか。
宇高 最も大きな課題は、「求職者に今の丸井グループの姿が伝わっていない」ということでした。多くの求職者には、「小売の丸井」のみで認識されていたのです。
たしかに弊社は家具の月賦商として創業して、長らく小売業が主な事業でした。しかし、今ではカード事業を進化させたフィンテック事業の方が大きく、すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブで豊かな社会を共に創るため、すべてのステークホルダーとともに「共創サステナビリティ経営」を進めています。つまり、事業やビジネスモデル自体が大きく変化しているのです。
そうした現状と求職者の認識のミスマッチを防ぐために、オウンドメディアを活用して“今”の姿を見せる工夫をしています。
——採用サイトにおいて事業の紹介も強く打ち出しているのは、今の丸井グループの姿を伝えるためなのですね。
宇高 はい。ただ、ビジネスモデルが変化しても「お客さまのお役に立つために進化し続ける」「人の成長=企業の成長」という経営理念は事業の根幹として大切にしており、採用戦略においては何よりもこの理念に共感いただけることを重視しています。
なぜなら、理念が求める「相手(=お客さま)の役に立つために行動する」という姿勢は、求職者の方がこれまでの人生で培ってこられた能力であって、入社してからの人材育成では育ちにくい部分だと捉えているからです。
採用サイトに掲載する「求める人物像」においても、その点を踏まえたうえで「共感する力をベースに、革新する力を合わせ持つ人」と定めています。ちなみに、求める人物像は、毎年、社長も含めて議論を交わしながら見直しています。
——求める人物像を毎年見直されるのはなぜでしょうか。
宇高 現在のように、世の中やお客さまが求めることの変化が激しく、それに合わせて会社の方向性や事業(取り組み)を変化させていくなかでは、必然的に求められる人材も変わってくると考えています。また、求める人物像は、求職者だけに向けたものではありません。私たち社員が目指すべき人物像でもあり、社員向けのメッセージにもなっているためです。
部署横断で120ページ超の「共創経営レポート」を制作

——青井浩代表取締役社長による「トップメッセージ」では、「丸井グループを知っていただくためにご覧いただきたい3つ」として、「求める人物像」と並んで「共創経営レポート2020」「VISION BOOK 2050」が挙げられています。
宇高 共創経営レポートは、いわゆる「統合報告書」に近いもので、2015年から毎年発行しており、私たち社員にとっての道筋となるものです。各事業部門の担当社員は、これに基づいて事業を組み立てていますが、同様に、人事部門の採用や人材育成もこれを基に情報発信や求職者とのコミュニケーション施策を実施します。
また、情報発信は広報部門と連携していますが、レポートにおいて、デザインや方向性が見える化されているので、双方で都度確認しなくともある程度の共有認識を持つことができています。
——丁寧に作り込まれていてデータも豊富、読み応えがあるものとなっています。かなりボリュームがありますが、どのように制作されているのでしょうか。
宇高 だいたい毎年2〜3月に前年の振り返りから制作が始まります。社員からのアンケートや株主からのフィードバックなどを参考に不足分などを整理しつつ、だいたい9月に発行しています。社長も参加して10回ほどミーティングを重ね、内容を決めていきます。
一般的には、こうしたレポートはIR部門で作ることが多いのですが、弊社では広報室が事務局となり、社長、IR部、財務部、経営企画部、サステナビリティ部、ESG推進部、総務部、外部スタッフという部門横断のプロジェクトチームを組んで制作しています。部門横断だからこそ、様々なステークホルダーの声を聞くことができる反面、毎年80ページ程度に収めたいと考えていますが、つい120ページくらいになってしまいます(笑)。
——求職者にはややボリュームが大きすぎるのではないでしょうか。
宇高 そうですね。そのため、採用サイトでは「丸井グループのめざす姿」として、事業モデルや企業文化など、特に読んでいただきたいエッセンスだけを汲み取った要点版も掲載しています。
将来世代に向けて2050年への取り組みを発信

——「VISION BOOK 2050」についても教えてください。
宇高 VISION BOOK 2050は、サステナビリティ部門が事務局になっています。もともとはCSRレポートだったのですが、「CSR」だと本業で得た利益で(利益を度外視して)社会に貢献するというニュアンスが感じられてしまいます。弊社は「本業=社会貢献」を志向していることから、「共創サステナビリティレポート」にあらためました。「共創サステナビリティレポート」は不定期で発行しているのですが、2019年には、2050年を見据えた内容で「VISION BOOK 2050」を発行しました。
サステナビリティの知見を持った外部の方に2050年はどういう世界になるのかレクチャーしていただき、その未来に向かって私たちは何をすべきか、プロジェクトを組んで制作しました。役員はもちろん、株主からのフィードバックも参考にしながらワークショップを続け一つにまとめていったのです。
求職者という観点から見ると、特に、Z世代と言われる世代には、未来に向けて企業が何を目指し、社会とどうつながっていくのかといったことに関心が高いという印象を受けます。そこを見据え、将来世代に向けた要素が強いですね。
——丸井グループのコミュニティサイト「この指とーまれ!」。ブランドと共に未来のカルチャーを創るコミュニティーメディア「5PM Journal」も、将来世代を見据えているのでしょうか。
宇高 「この指とーまれ!」は広報室で運営しており、将来世代も重要な訴求先として意識しています。コーポレートサイトが、これまでの実績をお知らせするなど“過去”を軸にコンテンツが構成されている一方で、「この指とーまれ!」は、丸井グループの“今”を伝えていこうという主旨で2020年2月末に立ち上げました。身近な話題から社会課題まで、弊社が目指すべきものが感じられると思います。
「5PM Journal」は、Direct to Consumer(以下、D2C)と言われるビジネスモデルを採るブランドと、弊社が立ち上げたD2C&Co.株式会社によって運営されています。D2Cは、自社で企画・製造した製品を小売や代理店を通さず消費者に直接届けるビジネスモデル。このメディアは、D2Cブランドの認知度を高め、D2Cエコシステムの発展と未来のカルチャーを共創していく活動の一環として位置付けています。私たちは裏方として運営に携わってはいますが、丸井グループとしての発信はありません。メインはD2Cブランドになります。
——丸井グループとしての発信がないとなると、一見、採用と関係がないように感じられます。採用サイトにリンクを置く意図はどこにあるのでしょうか。
宇高 将来世代には、D2Cというビジネスモデル自体が響くからです。たとえば、2021年度入社予定の新卒内定者からも「D2Cについてもっと知りたい」という声が多数寄せられました。また、D2Cは、そのビジネスモデルにおいてデジタル活用がマストですから、IT系のキャリアの方にも求職先候補として意識していただけるのではないかと考えています。そのため、結果的には採用につながるメディアとして、採用サイトからの導線を作っています。
情報は社員に向けても発信して、ビジョンを浸透させる

——採用サイトでは「社員座談会」も印象的です。社内のカルチャーがよく伝わってきますね。
宇高 社員座談会は企業カルチャーを知っていただくためのコンテンツとして掲載しています。どの社員も、自社の理念や取り組みを理解しており、「丸井グループの理念は〜〜」「お客さまのために〜〜」というワードが自然と出ています。これは、取材用の顔ではありません(笑)。
社員に会ったときも実際そういった言葉を聞くことができるため、求職者からは「理念に本気で向き合っている会社」と言っていただけます。つまり、理念が一人ひとりの社員の行動に落とし込まれている、落とし込まれるようなカルチャーが醸成されていると思っています。
——そのような社員の方への理念やビジョンの共有・浸透は、具体的にはどのような形で行っているのでしょうか。
宇高 前提として、先述したオウンドメディアにおける様々な情報発信のステークホルダーには社員も含まれています。それらのメディアからビジョンについての気付きを得ることもできますし、共創経営レポートは全社員に配って読んでもらっています。
さらに、月1回実施される「中期経営推進会議」には、社員も参加できます。この会議は、会社の今の取り組みや今後の方向性について、外部の有識者や社内の担当者の話を聞いたうえで、参加者同士で対話を行うものです。ただしキャパシティの問題があるので、希望者から選ばれた社員が参加しています。そして、参加者は自分の職場に戻って共有に努める。こうしたプロセスの積み重ねです。
オウンドメディアを活用し長きにわたる関係性を築く
——オウンドメディアリクルーティングを行うことで、どのような効果がありましたか。
宇高 事業内容や理念の訴求が本格的ではなかった当時は、圧倒的に小売志望の応募者が多く、たとえば、2016年の新卒採用においては応募者の約90%が小売を併願していたことにも表れています。それが、2020年は小売が約50〜60%、ベンチャー企業などデジタル分野との併願が約15%と急増しました。それだけ多様な人材に志望していただける結果につながっていると捉えています。
また、インターネットでの発信に注力していることもあり、店舗は関東中心に展開しているにも関わらず、地方や海外からの応募者も増えています。
入社いただいた方へのアンケートでも、「最初は小売の企業だと思っていたけれど多様な事業をやっていることがわかった」「ダイバーシティや理念を大切にしていることが伝わってきた」といった意見も多く寄せられ、情報発信によって本質的な姿が伝わっている手応えを感じています。
——今後、オウンドメディアリクルーティングをどのように実践していこうとお考えですか。
宇高 ニューノーマル時代に向け、キャリア採用は、1次・2次面談はオンライン、最終の役員面談は本社にお越しいただくやり方を取っています。必然的にオンラインの場は増えていますが、やはり“リアル”で社員と会っていただき、働く場所を見ていただき、社風を感じていただくことが大事だと考えています。そのため、オンラインとリアルのハイブリッドでの採用活動が続くでしょう。
将来的には、採用専用のサイトや広報によるメディアを介した情報発信がなくても応募していただける仕組みを作っていきたいと考えています。たとえば、「この指とーまれ!」のように弊社の取り組みを発信しているオウンドメディアから興味を持ち、そこから応募していただけるような導線が実現するといいですよね。
そのためには、中高生も含めた幅広い将来世代に向けて情報を発信し、長きにわたる関係性を構築できるような接点の持ち方を目指しています。つまり、就職や転職のときに「あの企業に入りたいな」と思っていただけるような意識につながる情報発信です。将来の採用戦略を見据えると、その関係構築が“差”のつくポイントになるのではないでしょうか。試行錯誤しつつですが、実現に向かってさらなる進化を遂げていきたいと思っています。