ナイルの事例で見る実践オウンドメディアリクルーティング――マーケティング・広報の思考法で採用戦略をアップデートvol.3

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自社メディアを通して企業情報を求職者へ届けるオウンドメディアリクルーティングが、人材採用競争を勝ち抜くために不可欠となっている昨今。特に、採用における情報発信のデジタル化が進むなかでは、オウンドメディアリクルーティングにマーケティングや広報で培われたメソッドを取り入れた、採用戦略のアップデートが欠かせません。
本連載では、デジタルマーケティングを軸に多様な事業を展開するナイル株式会社で採用を統括する渡邉慎平氏が、マーケティングや広報の思考法を取り入れた採用戦略のアップデートについて、理論と実践の両面から紹介します。
1記事目では「採用コンセプトダイアグラム」を用いて求職者視点に立ち、キャンディデート・ジャーニーマップに沿って採用プロセスを設計する方法について、2記事目では、その採用プロセスに広報やマーケティングの思考を取り入れた施策についてお話しました。
今回の記事では、筆者が勤めるナイルの採用活動事例を紹介しながら、オウンドメディアリクルーティングの取り組みについて具体的にお話します。
渡邉慎平氏。ナイル株式会社 人事本部 採用グループマネージャー。慶應義塾大学卒業後、ナイル株式会社(当時ヴォラーレ株式会社)に新卒入社。300社以上のWebマーケティング支援に携わり、30名弱の組織のマネジメントを経験。2018年5月に人事へ異動し、採用と広報を担当。
求職者視点の採用コンセプトダイアグラムで、ナイルの採用課題を分析
まずは求職者視点で採用コンセプトダイアグラムを考える際のポイントをおさらいすると、以下の3つになります。
- 最終ゴールが「企業への入社」とは限らない
- 「企業への共感」と「キャリアイメージの具体化」の2軸で考える
- 求職者の行動ではなく、「心理状態」と「態度変容」に注目する
特に押さえておきたいのは「企業への共感」と「キャリアイメージを具体化する」という2方向のベクトルがあって、選考プロセスでその双方を進めていく必要があること。また、求職者のそれぞれのフェーズにおける「心理状態」と「促したい態度変容」のきっかけとなる情報提供を心がけることです。
たとえば、まだ求職者自身のキャリアイメージが明確になっていない、企業理解が不十分な転職初期フェーズで、「このポジションの仕事のここが面白い、こんなにやりがいがある、こんなキャリアパスがある」というアトラクトをしても刺さりません。
ナイルの場合で言うと、「東大出身の社長が起業した会社だから学歴主義の採用をやっているんでしょ」「SEOコンサルティングしかやっていない会社でしょ」「ロジカルで合理的な人が多くてベンチャーらしい挑戦をしていないんでしょ」と、表面的な一部分を切り取った誤ったイメージを持たれているという課題がありました。
そこで、オウンドメディアリクルーティングの取り組みとしてまず行ったのは、「生のナイル」をテーマとした採用ブログ「ナイルのかだん」を立ち上げです。そして、いろんなバックグラウンドを持った社員が活躍していること、「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」としていろんな挑戦や失敗をしていることなど、会社外からではパッと見た時にわかりづらい情報をありのままに伝えています。
その結果、組織カルチャーや人の雰囲気についての正しい理解につながり、面接でよく言われていた「どんなカルチャーかわからない」「どんな人がいるのかわからない」といったコメントをもらうことがなくなりました。
ナイルの場合は、そもそもの企業に対する誤ったイメージ払拭が最優先課題でしたが、
- そもそも企業認知が低いので、企業認知を上げることが課題
- 応募数は多いが候補者にも社内にも適任がいない、新規事業を作っていける人材からの応募獲得が課題
- 応募数は多いが内定承諾率が低いことが課題
など、企業によって抱えている課題感は違うはずです。
まずは採用コンセプトダイアグラムを作り、企業として優先度の高い課題解決や、求職者の選考体験改善から取り組んでいくのがいいでしょう。
キャンディデイト・ジャーニーマップに沿って、ナイルが設計した5つの施策
求職者視点の採用コンセプトダイアグラムは、時系列で施策を整理しづらいため、企業視点で採用プロセスを時系列でまとめたキャンディデイト・ジャーニーマップを用いて情報整理するのがおすすめです。
ナイルの場合は、キャンディデイト・ジャーニーマップを以下の5フェーズに分類します。
- 認知獲得
- 応募〜選考前
- 選考中
- 選考終盤〜内定オファー
- 内定承諾〜入社
企業の採用活動において必要なことはアトラクトと見極めの2つです。各フェーズにおける施策が、このいずれの役割を担っているのかを考えて整理しましょう。
- アトラクト:企業理念や実現したい世界、自社プロダクトの魅力や可能性、どんな人材が活躍しているのか、どんな社風か、入社したらどんなスキルや経験が得られるか、など
- 見極め:ミッション・ビジョン・バリューへの共感があるか、カルチャーフィットしているか、ジョブディスクリプション要件を満たす人材か、など
ここから、ナイルの採用活動で特徴的な施策を、5つのフェーズごとにアトラクトと見極めのどちらの役割を担っているのかも合わせて紹介します。
1 認知獲得フェーズ
社員のTwitter【アトラクト】
ナイルでは複数社員が顔と名前を出してTwitterをやっています。これは企業として業務命令としてやっているものでもなければ、人事主導の採用企画として取り組んでいるものでもありません。マーケターや編集者がSNSマーケティングを学ぶ目的で、事業部の取り組みとして始まったものです。
元々は事業部の自己研鑽としての取り組みだったのですが、社員によるTwitterが図らずも社外の方に企業のことを知ってもらえたり、社員の雰囲気を知ってもらえたりする採用広報効果を生んでいます。
2 応募〜選考前フェーズ
採用サイトの職種別ランディングページ【アトラクト】
ナイルではジョブマッチ型採用を行っており、同職種でも部署によって業務内容や必須要件が異なるため、常時数十ポジションを募集しています。求職者が見た時に、どのポジションが自分にマッチしているのかわかりづらいため、職種ごとのランディングページを制作しています。
エンジニアやマーケターなど、自分と同じ職種ページを見れば、職種としての魅力や業務内容、募集中のポジションなどが一覧でわかるようにしています。
3 選考中フェーズ
ワークサンプルテスト【見極め】
ジョブマッチ型採用で、ポジションごとに業務内容が異なるため、ポジションごとで入社後に担当する業務内容を模したワーク課題に取り組んでもらいます。
これにより、求職者に入社後の業務内容を具体的にイメージしてもらえるだけでなく、庶務経歴書や面接ではわからない実務スキルマッチの見極めにもつながっています。
4 選考終盤〜内定オファーフェーズ
オファー面談資料【アトラクト】
内定オファー面談の際、候補者ごとにオファー面談資料を作成しています。入社後にどんな役割や活躍を期待しているのか、将来的にどんなキャリアパスを描けるのか、年収カーブを提示することで、より具体的なイメージが伝わるようにしています。
5 内定承諾〜入社フェーズ
入社前学習図書【アトラクト】
内定承諾者には、事業部やポジションごとに事前学習図書を渡しています。入社後に必要となる知識を事前にキャッチアップしてもらうことで、スムーズな入社オンボーディングへつながります。
このように、各採用フェーズにおいてアトラクトや見極めにつながる採用施策を設計しています。採用プロセスを増やすと、採用に関わる人事や現場社員の工数も増えますし、求職者の方に敬遠される可能性もありますが、入社後のミスマッチを極力減らしたいという思いから妥協せずに取り組んでいます。
採用狭報・採用広報・採用マーケティングの思考でナイルの採用施策を改善
前回の記事で紹介した「採用狭報」「採用広報」「採用マーケティング」の説明は、以下の通りです。
採用広報
「広報(広く報せる)」と「狭報(狭く報せる)」の2つに分類される。採用広報は広く露出することによって、企業の認知向上に繋がる取り組み。採用狭報は今受けている求職者に向けた興味喚起や理解促進につながる取り組み。
発信する情報のイメージ
- 採用広報:DX、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)、リモートワーク、複業/副業、SDGsなど、世の中の興味関心事や課題に関する発信
- 採用狭報:企業理念、事業の魅力や展望、プロダクトの成長、活躍社員、社内制度や福利厚生などの求職者にとっての興味関心につながる発信
採用マーケティング
Webマーケティングの特徴である「データが取れること」と「パーソナルアプローチがしやすいこと」の2つを採用活動に活かそうとする取り組み。「集客」「接客(回遊)」「再来訪」「効果測定」の4つの施策がある。
採用マーケティング施策の例
- 集客:SNS広告、会社紹介ウェビナー、オウンドメディア(採用ブログ)
- 接客(回遊):採用サイトのEFO、LPO、Web接客
- 再来訪:リターゲティング広告、メールマーケティング
- 効果測定:採用サイトや採用ブログの歩留まりデータ可視化、アクセス解析
ナイルにおける「採用狭報」「採用広報」「採用マーケティング」の取り組み、をキャンディデイト・ジャーニーマップに当てはめると下図のようになります。
上記はあくまでナイルの例で、企業によって内容や優先度は変わります。全ての施策を一気に進めていくのは難しいので、先述したとおり企業の採用課題の優先度の高いところから取り組むことをおすすめします。
「採用狭報」「採用広報」「採用マーケティング」の思考で採用を変革するナイルのオウンドメディア活用法はこちらへ
また、オウンドメディアリクルーティングに取り組んでいくうえでは、データに基づく効果検証や施策改善をしていくことが大切です。
- 他社も記事を多く更新しているから、ブログ記事を月に◯本更新することを目標にしたほうがいい
- 採用ブログやっているけど、これって意味あるの?
- 紹介会社経由だとコストかかるから、あとは全部自社サイト経由で採用してほしい
上記のようなことを社内から言われて、回答に窮した人事担当の方もいるのではないでしょうか。
実績データに基づいたコミュニケーションが取れていないと、適切な目標設定ができずに記事をひたすら更新することが目標になってしまったり、取り組みの意義を社内に理解してもらえずに人的・金銭的リソースを割けなくなってしまったりするかもしれません。
- 取り組みの成果をデータで可視化すること
- データに基づいてPDCAを回していくこと
- 実績データから逆算して、適切な目標設定をすること
などの施策をすることによって、社内の理解や同意を得やすくなりますし、目的を持ってオウンドメディアリクルーティングに取り組むことができます。
ナイルでは、オウンドメディア(コーポレートサイト、採用サイト、採用ブログ、ATS)のGoogleアナリティクスを連携して、各メディアの遷移数や遷移率を計測しています。それにより採用オウンドメディア経由の選考歩留まりの実績を把握し、そこから逆算して目標を立てています。
オウンドメディアのKPIの例
- 採用ブログの指標
- ソーシャルシェア数
- インプレッション数
- CTR
- ユーザー数、セッション数、ページビュー数
- 記事読了率
- 記事から採用サイトへの遷移率
- 記事を読んだユーザーの応募率
- 採用サイトの指標
- ユーザー数、セッション数、ページビュー数
- ジョブディスクリプションへの遷移率
- ジョブディスクリプションを見た人の応募率
- 選考指標
- オウンドメディア経由の求職者の選考歩留まり率
- オウンドメディア経由のユーザーの内定承諾率
いきなりすべてを細かく計測することが難しければ、まずは取り組みやすい指標に絞ってKPIを管理していくのでもいいでしょう。
今回の記事では、採用コンセプトダイアグラム、キャンディデイト・ジャーニーマップ、「採用狭報」「採用広報」「採用マーケティング」について、ナイルの取り組みを事例に挙げながら解説しました。
読者の皆様がオウンドメディアリクルーティングに取り組んでいくうえで、参考になれば幸いです。