採用情報ページも企業価値を反映した「作品」と位置付ける、ロッキング・オン・グループの採用戦略


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音楽ファンから高い支持を得る、洋楽誌『rockin’on』や邦楽誌『ROCKIN’ON JAPAN』の発行、「JAPAN JAM」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」などのイベントオーガナイズを手掛けるロッキング・オン・グループ。
現場で求められる価値観や業務内容、企業カルチャーなど求職者に向けた採用情報は社員インタビューを軸に訴求されている。一方で、ビジョン、ミッション、創業者でもある代表取締役・渋谷陽一氏のメッセージなどからなる企業理念は、共通情報としてコーポレイトサイトと連動して訴求されている。
1972年の同人誌出版から始まり、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019」では5日間で過去最大の合計33万人以上を動員。雑誌・メディアの枠を超えた事業拡大を支えてきた採用戦略はどのようなものなのか。同社が力を入れているオウンドメディアリクルーティングについて、株式会社ロッキング・オン・ホールディングス 取締役 経営企画部 部長である其田尚也氏に聞いた。

キャリア採用では理念やカルチャーを言語化し、具体的に伝えることが必要
——音楽に興味のある人なら、一度は聞いたことのある雑誌やフェスを手掛けるロッキング・オン・グループ。その企業価値はどこにあると考えていますか。
其田 ロッキング・オン・グループの企業価値は、ブランド力やコンテンツ力といった無形の財産に集約されます。その財産を築き上げてきた源泉は、常に音楽ユーザーの潜在化したニーズに向き合い価値を提供する姿勢、雑誌やフェスをユーザーと一緒に創造する姿勢です。私たちが作っているのは、音楽の聴き手による雑誌・メディアであり、参加者によるフェスなのです。
ロッキング・オン・グループの始まりは、1972年に一般読者の投稿雑誌として立ち上げた『rockin’on』です。創刊の辞に書かれた「読者すなわち参加者という性格を持つ雑誌である」という姿勢が変わることはなく、サイトにおける代表・渋谷のメッセージにおいても「読者としてのわたしたちが読みたい雑誌をつくる」という理念が述べられています。
同様に、たとえばフェスではお客様を「参加者」と呼び、主役はあなた自身であるというメッセージを発信しています。その実感を抱いてもらうため、提供コンテンツの満足度を上げるよう努めています。そうした濃密なコミュニケーションを作る力がロッキング・オンの企業価値になっていると思います。
——創刊時の思いを今も貫き続けているんですね。
其田 そうですね。読者を「参加者」と位置づける雑誌は珍しいと思いますし、出版社からイベント事業に展開する会社も当時は珍しかったと思います。ただ、創刊の辞からはその精神を読み取ることができます。すなわち、メディアを一緒に作りあげる読者とのコミュニティを可視化したものがフェスなんです。

——その企業価値をオウンドメディアにおいてどのように発信し、欲しい人材の採用につなげていますか。
其田 採用は新卒採用とキャリア採用があり、企業価値や理念の訴求方法は意識的に変えなければいけません。
新卒については、ユーザーの大半が10〜20代なので、メディアやイベントの質向上に尽力することが、イコール、企業価値の訴求になります。もちろん会社説明会やインターンシップの機会は設けていますが、自社が提供しているものの価値を上げることが自然とアプローチの強化につながると考えています。
キャリア採用については、なかなか難しいところです。私たちのメディアやイベントを通じて、企業価値を感じていただける方は少なくない数いらっしゃると捉えています。ただ、私たちの企業理念を理解いただく点では、それまでの経験や考え方、行動原理が蓄積されていて、頭ではわかるけど行動まで落ちていかないということもあるでしょう。過去には入社後のミスマッチによって退社するケースもありました。
したがって、キャリア採用では、提供コンテンツの完成度や満足度を追求するだけでは不十分なのです。採用情報ページなどの接点において、正確に企業理念を言語化し、社員がどんな思いを持って仕事に向き合っているのかを具体的に伝えていくことが必要だと考えています。
「社員の声」などの企業カルチャーは懇談会での生の言葉を抜粋しまとめる
——新卒採用とキャリア採用はどのような割合で行っていますか。
其田 正社員の採用については、2:1くらいで新卒が多いです。そのほかに、キャリア採用には有期の契約社員もいます。契約社員の採用に当たっては、まず現場の事業にすぐに対応できるかといった即戦力としてのスキルを重視しています。一方、正社員の場合は様々な事業に関わる可能性があるので、よりトータルなスキルとともに、先にもお話しした理念を理解いただいているかを重要視しています。
——その点を踏まえ、オウンドメディアリクルーティングによる求職者へのアプローチはどのように実施していますか。
其田 採用情報を掲載しているページは、2020年11月にリニューアルしました。以前は伝えたいものがわかりにくかったので、メッセージを整理してデザインを洗練させ、項目の立て方も見直しています。その結果、応募者のエントリーシートの質が上がりました。伝えたいメッセージが伝わっている手応えを感じています。
たとえば、ロッキング・オン・グループがコンテンツを作り出すに当たり、社員が具体的にどんな仕事をしているのか、どんな思いを持っているのか。それが従来はなかなか伝わっていなかったという反省点から、「社員の声」を掲載しました。これはインターンシップで行っている、社員と学生との懇談会のやり取りの言葉を抜粋して私たちがまとめています。
懇談会の趣旨は、インターンシップや新卒に対する会社理念の説明や社内コミュニケーションの活性化ですが、副次的な効果として企業カルチャーの理解に結びついています。

——その懇親会は、どういった基準で参加する社員を決めているのですか。
其田 現場でハイパフォーマンスを発揮している社員で、かつ会社の理念を語れるところに基準を置いています。さらに、新卒採用の社員、キャリア採用の社員、年代、所属事業部など、様々なバックグラウンドや階層のメンバーを起用して多様性を持たせています。
懇親会に参加した社員が、採用メッセージで訴求している「私たちを突き動かす原動力は、『まだ見ぬ音楽体験を創出したい』という理念です」を引用して、「自分もまさにそう思って仕事をしてきた」と感想を述べた時は嬉しかったですね。理念や使命がしっかりと現場の社員に浸透していて、それを自分ごととして話せるという社員がいることは、採用や育成の面から見てとても価値のあることですから。
「この会社で働く」イメージを伝えるカルチャーコンテンツはこちら
——コーポレイトサイトも採用情報ページもとても洗練された写真や文章で構成されていますが、制作はすべて社内で行っているのでしょうか。
其田 外部カメラマンが撮影した写真なども使用していますが、ディレクションは必ず社内で行っています。弊社はデザインも含めたクオリティコントロールが厳しく、制作プロセスを重ねて、最終的には代表の渋谷がチェックしています。
雑誌『rockin’on』から続く機能的で美しいデザインは、私たちの大きな強みだと捉えています。そのデザインに対する姿勢は、私たちが形にするすべてのものに通じていないとユーザーが戸惑うと思いますし、説得力もなくなってしまうでしょう。コーポレイトサイトや採用情報ページも作品の一つとして、クオリティコントロールにはかなり注力しています。
コーポレイトサイトと連動させて情報発信し、企業理念の理解のムラを防ぐ

——採用情報を掲載しているページは、コーポレイトサイト内のコンテンツとして連動させながら運用していますね。
其田 はい。私たちのサイトにアクセスしてくれる方は、弊社へのロイヤルティや応募への興味が高い方だと思います。そのため、ミッション、ビジョン、バリューなどの企業理念をはじめとしてワンストップでいろいろな情報を提供したい。採用情報だけ別にすると、採用に必要な情報だけしか提供できないことにもなりかねず、企業理念の理解にムラができてしまうかもしれません。採用の初期段階の接点におけるミスマッチを防ぐためにも、ロッキング・オンの世界観をしっかり提示し、ボリュームのある情報を通して企業価値を訴求するようにしています。
——エンターテインメント業界など「ファン」が多い業界は、ファンばかりが集まってしまい、必要なスキルを持った人材がなかなか集まらない傾向もあるようです。そういったことを防ぐため、オウンドメディアリクルーティングにおいて工夫はしていますか。
其田 実際にその傾向はあります。ただ、それは私たちのような事業を手掛ける企業にとって嬉しいこと。エントリー時に書いていただく内容である程度のスキルや傾向はつかめるので、それほど問題だとは捉えていません。応募者が弊社の理念やカルチャーを理解しているか、それを踏まえて業務における具体的なアクションまで考えているかよく見極め、必要な人材を採用できているので、情報発信の段階でなにかしらの策は取っていません。むしろ、私たち社員が企業理念をきちんと理解すれば解決する話だと思います。
コロナ禍だからこそ既存事業の枠にとらわれない人材を採用
——2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響で音楽イベントが開催できないなど、厳しい年だったと思います。そこを踏まえて、採用戦略の変化やオウンドメディアリクルーティングの展望などをお聞かせください。
其田 説明会はオンライン開催に変更しました。地方の方から応募いただく接点として、オンラインはかなり有益なことがわかり、今後も続けていくつもりです。面接は1〜2回目はオンラインで、3回目からは対面で行っています。
これから入ってきてくださる方には「今は厳しい」とお伝えします。しかし、来年、再来年どうなるかと考えると、けっして暗い展望ばかりではありません。フェスが開催されないことで、音楽への熱やフラストレーションが溜まっている。つまり、この状況が落ち着けばまた活発になると見ています。
弊社も今を第二の創業期という位置づけとし新規事業を進めています。新規事業は継続性を持ったメンバーで取り組みたいと考えているので、今後は有期雇用ではなく正社員採用が増える見込みです。
——そのなかで今後、特に注力していく分野などはありますか。
其田 注力していくのはIT人材の採用です。弊社は公式アプリ「Jフェス」のデータ分析を通じてユーザー特性を把握しており、事業戦略において重視してます。もちろん、そのほかのサービスを展開するうえでもIT人材は必要不可欠な時代。基本的には、通年で採用活動を行っています。現在、会社説明会を採用分野によって分けることはしていませんが、IT人材については個別に開催することも検討しています。
また、今回のコロナ禍をきっかけに、フェスをはじめとしたコンテンツもあらためて練り直す必要があるでしょう。そのため、既存事業に新鮮な気持ちで取り組める人、既存事業の枠にとらわれずに行動できる人、今をチャンスと捉えることができる人であれば、十分にワクワクした仕事ができる環境だと思います。
——新型コロナウイルス感染症の影響によって、企業価値がより際立ったと言えるかもしれませんね。
其田 そうですね。2021年5月にフェス「JAPAN JAM」を開催したことについて批判の声もありましたが、参加者に感染防止策を徹底していただいたおかげで集団感染の報告はありませんでした。多くの方に「自分たちがイベントを守るんだ」という気概を持ってご参加いただき、まさに「読者としてのわたしたちが読みたい雑誌をつくる」という創業時からの企業理念につながるフェスになったと感じています。
言い方が適切かはわかりませんが、私たちは、そのように同じ価値を共有できる“思想集団的”な要素が強く、そこが強みでもあります。今後もロッキング・オン・グループというコミュニティの濃密さを保ちながら、積極的な採用活動を展開していきたいですね。