コロナ禍がもたらしたパート・アルバイト採用の現状と、これからの課題――パート・アルバイト採用を成功させるための人材戦略vol.1

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コロナ禍により、パート・アルバイト採用の市況はめまぐるしく変わっています。総務省のデータでは、2020年平均の非正規労働者の人数は約2090万人(※1)となり、2021年9月の有効求人倍率は1.12倍(※2)でした。
※1 総務省統計局 労働力調査(詳細集計)2020年(令和2年)平均結果の概要より
※2 e-stat 政府統計の総合窓口 一般職業紹介状況 令和3年9月より
学生から「コロナ禍でアルバイトができない」という声が上がっている一方、採用担当者からは「募集をかけても応募者がなかなか集まらない」「採用しても短期間でやめてしまう」という声も多く聞かれます。足元ではコロナ禍により求職者が仕事を見つけるのが難しい状況も発生していますが、少子高齢化が進む日本では、今後「人手不足」がより深刻化すると予測されています。
企業はパート・アルバイト採用を戦略的に実行しなければ、激変する状況についていけなくなります。そんななか、オウンドメディアを活用した情報発信によって、企業と求職者のマッチングを高めたり、求職者が仕事を通していかに成長できるかを伝えたりするなど、新たな施策の必要性も高まっています。
この連載では、人事歴約20年で2万人を超える求職者との面接を行ってきた人材研究所代表の曽和利光氏と、アカデミックリサーチというコンセプトのもと人事データ分析などのサービスを提供するビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏の対談により、パート・アルバイト採用を取り巻く社会背景を分析。現場の採用担当者が直面する課題と解決法を、全4回にわたり導き出します。
第1回は、コロナ禍がもたらしたパート・アルバイト採用の現状と、これからの課題について、おふたりに話していただきました。
曽和利光氏(左)。株式会社人材研究所 代表取締役社長。京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長と、人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験。また、多数の就活セミナー・面接対策セミナー講師や上智大学非常勤講師も務め、学生向けにも就活関連情報を精力的に発信している。2011に株式会社人材研究所設立。著書は『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)、『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『知名度ゼロでも「この会社で働きたい」と思われる社長の採用ルール48』(東洋経済新報社)、『「できる人事」と「ダメ人事」の習慣』(明日香出版社)などがある。
伊達洋駆氏(右)。株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役。神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『オンライン採用』(日本能率協会マネジメントセンター)、『人材マネジメント用語図鑑』(共著、ソシム)、『人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。
コロナ禍で、飲食・小売のパート・アルバイト採用が大打撃
――昨今のパート・アルバイト採用を取り巻く環境の変化について、ふたりの見解をお聞かせください。
曽和 私がリアルに変化を感じるのは、新卒採用でよくある「ガクチカ(学生時代に力を入れたことを教えてくださいという質問)」に対する回答です。従来はアルバイト体験を話す学生が多かったのですが、「コロナ禍でアルバイトができず、ガクチカが話せない」と言う学生が肌感覚としてすごく増えています。これまでパート・アルバイトの主力の一つだった学生が、とりわけコロナ禍で打撃を受けた飲食業界や小売業界で、どんどん雇い止めにあっていることを実感しました。
その結果として、緊急事態宣言が明けて飲食店が営業を再開したくても、辞めたアルバイトが戻ってこない問題が起きています。学生は飲食業界などで仕事がなくなれば、生活のためにほかの業界で仕事を見つけざるを得ません。飲食業界や小売業界で再び募集があっても、すぐには戻れないのです。
伊達 これまで飲食業界や小売業界では、「古い人が出て新しい人が入る」というパート・アルバイトの流れができていました。ところが、コロナ禍で人材の需要が一気に冷え込み、その流れが一時的に途絶えてしまったのです。そのため、パート・アルバイト採用をもう一度立て直さなければいけなくなっている状況ではないでしょうか。
曽和 先輩から後輩へ、ママ友からママ友へなど、いわゆるリファラル採用でスタッフを集めていた部分で、飲食業界や小売業界のパート・アルバイト採用は大打撃を受けている感じがありますね。
一方で、コロナ禍により「テレワーク可能」となったことで伸びた業種もあり、そこにパート・アルバイト人材が吸い込まれていった面があります。今の学生は、バブル時代と違って仕送りが少ないし、大学の授業時間も増えているしで大変です。彼らとしてはスキマ時間に途切れずアルバイトをしたいから、長引くコロナ禍によりほかの業種へと移動してしまいました。
パート・アルバイト採用の多数を占める飲食業界や小売業界において、以前機能していたリファラル採用のためのネットワークが失われ、採用担当者はリスタートしないといけない状況です。
パート・アルバイト採用の「リスタート」と、求められる採用戦略
伊達 曽和さんのお話は、パート・アルバイト採用の特徴を表しています。正社員の採用では、労働力が産業間を移動することは少ないことが検証されています。例えばIT企業に勤める人は、IT業界内で転職する傾向が高いです。しかし、パート・アルバイトの場合、労働市場が必ずしも産業によって区切られているわけではありません。「飲食から事務へ」といった移動も可能です。この点もリスタートを余儀なくされている状況に関わっていると感じます。
曽和 採用のリスタートで一つ希望があるとすれば、主婦・主夫というより学生のマーケットの話になりますが、来年4月には新大学生が入ってきますね。そこでアルバイトの採用活動を、例年以上に力を入れて行うことが重要です。
そうしないとパート・アルバイトがスタッフの約7割を占める飲食業界や小売業界などは、事業が立ちゆかないところも出てくるでしょう。経営者からすると、今まで我慢を重ねてきて売上がようやく回復してきたのに、その波に乗れない可能性があります。Go To トラベル事業のような政府の支援も、スタッフが足りないことで水の泡になりかねません。これはかなり恐ろしいことです。
伊達 人手不足でパート・アルバイト採用が難しくなりつつあったところに、コロナ禍によって断絶が起きてしまいました。今後はパート・アルバイトの採用をいっそう戦略的に行っていかないと、景気の変動に対応できなくなるでしょう。チャンスなのに人を採用できない、ピンチなのに人を抱え込んでしまう。そうしたことが起きやすい状況です。
曽和 実際、今年(2021年)の夏あたりの調査から、飲食業界や小売業界では人手不足感がすごく強まっていますよね。コロナ禍で人材需要が縮小したことで一瞬忘れられていましたが、もともと日本は人手不足です。2012年から2019年にかけては、政府の働きかけもあり労働者人口が約300万人増加しましたが、2020年の半ばからついに減少に転じています。
コロナ禍により日本への出入国がしづらくなったことで、外国人労働者拡大への期待値も下がっています。今後は限られた人材の争奪戦になり、勝つところと負けるところが否応なく出てくるでしょう。全員がうまくいく状況は、労働者の絶対数からしてもはやあり得なくなってきています。
人の心理や人の声が生み出す「ぬかよろこび市場」の落とし穴
――ここまで学生のアルバイト採用のお話が多く出ましたが、主婦・主夫層のパート採用の動向はいかがでしょうか。
曽和 2012年から2019年の労働者人口の増加の主役は女性で、300万人近く増えました。本来であれば主婦・主夫のパートタイマーに期待したいところですが、最近のデータでは失業率が2.8%と完全雇用に近い状況なので、採用マーケットとしては厳しいでしょう。
こうした状況下で採用担当者をさらに苦しめるのが、パート・アルバイトの応募数は増えたのに、採用しようとすると辞退されてしまう「ぬかよろこび市場」です。コロナ禍や地震のような災厄が起こると、社会的不安から仕事を探す人が増え、1人で何社も受けるようになります。企業からすると応募数が増えたように見えますが、1人当たりの就職活動量が増えているだけで、最終的に選ばれるのは1社だけです。企業側としてはコストをかけて面接しても辞退され、いっこうに人手不足が解消されない「ぬかよろこび」が起きるわけです。
こうした構造を考えると、従来の「数を集める」採用戦略では徒労感だけが残る可能性があります。今後はパート・アルバイトでも採用方法そのものが、これまでとは少し変わってくるのではないかと予想しています。
伊達 コロナ禍のような厄災が起こると、経済や雇用が大きく変動します。この変動を経済学の研究者は予測したいと考えていて、有望とされている指標がいくつか出てきています。
一つは「新聞にどういう記事が書かれているか」です。記事の内容が人びとの心理に影響を与え、景気の変動にもつながります。雇用の文脈で言えば、例えば「就職氷河期再び!?」といった記事が出ると、みんな「まずいぞ、就職活動しなくちゃ」と思いますよね。
もう一つは、「Twitterでどんな言葉がつぶやかれているか」です。つぶやきを分析していくと、経済の変動性を部分的に予測できるかもしれません。
どちらの指標も、人の心理が経済や雇用の状況を動かす側面があることを示唆しています。そういうメカニズムが、「ぬかよろこび市場」を作り出す、ある種の原動力になっているのでしょうね。
曽和 コロナ禍に近い経済危機だと、2008年のリーマンショックがありました。伊達さんのおっしゃるとおり、新聞ではリーマンショックとコロナ禍を比べる記事をしばしば目にしましたね。
ただ求人倍率を見ると、コロナ禍の状況はリーマンショックのときとは全然違うわけです。リーマンショックの“底”では、有効求人倍率が0.4でした。働きたい人の40%しか仕事がなかったのです。今の有効求人倍率は1倍を超えていますから、かつての状況とは全く違います。それなのに「リーマンショック級」というニュースの見出しにより、人びとの心理が動くところはあったと思います。
私は今後も「ぬかよろこび市場」は続くと考えています。応募者からすると、周囲の人が何社も受ける様子を見ているので、本当に競争率が高いのは一部の人気バイト先だけなのですが、「今仕事を探すのは大変だ」という肌感覚を持ちます。それが口コミとして広がっていくわけです。パート・アルバイトの仕事を探す側は有効求人倍率をあまりチェックしていないので、口コミから仕事探しの印象が作られて「ぬかよろこび市場」状況は変わらないでしょう。
伊達 慣性として引き継がれていくということですね。
曽和 学生の話を聞いていると、新卒採用で「50社受けて5社受かりました」という感じなのです。10社、20社くらいなら今までもあったと思うのですが、50社はすごい。同じようなことが、新卒採用だけでなく、パート・アルバイトの採用市場でも起こっているのではないかと思います。
次回は、求職者のモチベーションを左右する要因や、採用に至るまでのジャーニーの改善手法など、応募者不足の解消をテーマに解説していきます。