企業と一緒に成長できる人材に出会うための、パーパスを軸にした採用戦略とは――パーパス対談後編

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企業理念や企業の社会的な存在意義を定義したパーパスは、企業カルチャーを育み、社員や求職者のエンゲージメントを高めるために不可欠なものであり、オウンドメディアリクルーティングの核となる。採用施策において、パーパスを確立させ、社員に浸透させ、求職者へ届けるには、どうすればよいのだろうか。
パーパスドリブン経営を実践している富士通株式会社の人材採用センター センター長の渡辺大介氏と、日本にパーパスの考え方が取り入れられる前、2010年頃から企業のパーパスブランディングを支援してきたエスエムオー株式会社代表取締役 ブランディングコンサルタント 齊藤三希子氏。おふたりに、パーパスの重要性と採用戦略での活用法について語ってもらった。
対談後半のテーマは、採用を成功させるためにパーパスが果たす役割について。
渡辺大介氏(右)。富士通株式会社 人材採用センター センター長。1991年4月富士通株式会社入社。社員に対する研修を企画・実施する教育訓練部に配属となり、新人研修、リーダー向け研修を担当。 以降30年にわたり、富士通グループでの人事業務を担当。本社での人事制度企画、プロダクト(開発)部門・サービス(SE)部門のBusiness Partner人事、グループ会社での人事責任者などを経験。2019年6月より現職。ビジネス戦略実現のための人材の獲得、最適な配置の実施に責任を持つ。
齊藤三希子氏(左)。エスエムオー株式会社代表取締役。株式会社電通に入社後、電通総研への出向を経て、2005年に株式会社齊藤三希子事務所(後にエスエムオー株式会社に社名変更)を設立。「本物を未来に伝えていく」をパーパスとして掲げ、ものの本質的な価値を見据えたパーパス・ブランディングを日本でいち早く取り入れる。フューチャー・インサイトとクリエイティブを融合させた、強く美しいブランドをつくるためのコンサルティングを行っている。慶應義塾大学経済学部卒業。2021年7月、著書『PURPOSE BRANDING〜「何をやるか?」ではなく「なぜやるか?」から考える』(宣伝会議)を出版。株式会社バルカー社外取締役。
パーパスとミッション・ビジョン・バリューズをバックキャストで考える

渡辺大介(以下、渡辺) 富士通では2020年7月にパーパスを策定し、パーパスドリブン経営企業として様々な変革を行っています。そこでぜひ、パーパスとミッション、ビジョン、バリューズをどのように結びつけたらいいのかについて、齊藤さんに教えを請いたいと思います。
齊藤三希子(以下、齊藤) ミッション、ビジョン、バリューズ、パーパスは、企業理念における大切な4要素だと考えています。パーパスは、今なぜ我々は存在するのかという存在理由や存在意義です。パーパスは「今」「Being」の志向が強い考え方になります。それに対して、ビジョンは未来的な志向を指します。ビジョンは、自分たちがどうなりたいのかという内部的な意味と、自分たちがどういう世界を実現したいかという外部的な意味があります。ミッションは、パーパスとビジョンを実現するためにやらなくてはならないこと。バリューズは、ミッションを行うときに行動指針となる考え方や価値観です。
各社によってパーパスをミッションと言ったり、ビジョンをパーパスと言ったり、定義は様々です。ただ、企業理念の「要素」として捉えていれば、各社において浸透しやすい表現でかまわないと思います。
たとえば、ホテルのオペレーション会社であるハイアットホテルアンドリゾーツは、4要素をすべて掲げています。ソニー株式会社は、パーパスとバリューズの2つで表現しています。スターバックスの創業者であるハワード・シュルツ氏は、パーパスと言っていますが、スターバックス コーヒー ジャパン株式会社は、ミッションやバリューズという言葉を用いていて、表現は様々です。
渡辺 富士通の場合、バリューズは富士通グループ全体の「Fujitsu Way」があります。ただ、グループ内の事業や職種が多岐にわたるので、ビジョンやミッションを統一させることは難しい。そこでビジョンは、各事業本部の本部長がパーパスをベースに、今の自分たちが持っている技術をどのように進化させ社会に貢献していくのか、どんな世界を作りたいのかを、事業本部ごとに描いています。
齊藤 面白いですね。本部長はビジョンをどのように描き、組織のメンバーに伝えているのですか。
渡辺 本部長たちが集まって各自のビジョンを語り合うビジョンピッチを行い、誰のビジョンがわかりやすいかを本部長自身が感じ取り、学んでいく。そうすることで、短い時間でビジョンを伝えていく練習をするのです。
もう一つは、伝えたビジョンに対して、聞いた側が共感できるかを確かめる共感サーベイを行っています。自分が本当に伝えたかったビジョンがきちんと伝わっているかフィードバックしてもらうわけです。伝わっていれば進めればいいし、うまく伝わってなければ伝え直します。そのプロセスを通して、自分たちが何をするべきか具体的なミッションを考えていくのです。
齊藤 事業本部のビジョンとミッションがうまく機能していくように、事業本部に任せるところは任せているわけですね。
渡辺 今までは「ありたい姿を描く」と言って3年後の事業計画を立てるとしても、現状を起点に考えることもありました。1年目、2年目を現状をベースに進めていくと、3年目あたりで大きく変わらないといけなくなり、ホップ、ステップの後に、ものすごい大ジャンプが必要になってしまいます。
本来は、ありたい姿を起点に今に戻り、1年後、2年後、3年後にどんな状態でありたいのか、そのために何をするのかをバックキャストで考えていくべきです。たんなる数値目標ではなく、本当に作りたい世界はどんな世界か。それを実現するために今後どう動くのか。そういうことを、ビジョンピッチや共感サーベイを通して本部長に考えてもらっています。
齊藤 わかります。我々は情熱とニーズが重なりあうところにパーパスはあると言っています。ニーズも、今あるものと、潜在化しているものがあるわけです。潜在化しているニーズは、バックキャストでないと見えません。
エスエムオーでは、未来洞察が専門の一橋大学大学院経営管理研究科教授・鷲田祐一を顧問に迎え、クライアントのパーパスを決めるときは、必ずクライアントと一緒に未来についてバックキャストで考えます。不確実な時代において、現状を積み上げていくだけでは先は見通せません。逆に言えば、世の中がどうなっていくのか正しく見られないと、立ちゆかないのです。
パーパスの社内外における浸透が、採用ブランディングにもつながる
渡辺 パーパスを採用につなげていくことについては、弊社の採用センターのメンバーでもワークショップや議論を重ねて考え続けています。パーパスは、自らの言葉で語らないと伝わらないと思うのです。これまでも採用のキャッチコピーに関しては、求職者にどう見せるかを強く意識して作ってきました。ただ、採用としての情報発信だけでなく、パーパスを含めた会社全体のブランド戦略やビジネス戦略を連携させる必要があると考えています。「みんなが同じ方向を見て、同じことが大事だと言っている」ことが伝われば、情報を受け取る側にとってはわかりやすくなると思います。
齊藤 インターナル・ブランディングも、エクスターナル・ブランディングも、究極的にはパーパスだけで判断したり、行動したりしていくのが、パーパスブランディングの醍醐味だと思います。
それを富士通は実践し、採用にも力を入れているのだと思います。パーパスを社内で浸透させていくと、社員一人ひとりが個性を持ちつつも、コアに富士通のパーパスを持っている状態になります。そうなると、社員がメディアとして機能し始めます。応募者が富士通の社員と会って話したとき、「この会社がいいな、この会社で働きたいな」と思うようになれば、インターナルとエクスターナルのブランディングがマッチングした状態だと言えるのでしょう。
渡辺 富士通の全社員が自分のパーパスをちゃんと言えるといいなと思っています。パーパスの話を続けることで、外部からも「富士通ってパーパスを大事にしている会社だよね」と言われるようになり、それがきっかけとなりパーパスが社員にいっそう定着する。そんな好循環を生み出すためにも、やはりパーパスを言い続けることが大事です。
パーパスを設定することで、企業側と求職者のマッチング度が高くなる

齊藤 最近、B2Bの企業様から「採用に困っている」というご相談をいただくことが増えました。今まであまりブランディングに力を入れていらっしゃらなかったというB2Bの企業様が、富士通さんの事例を出されて「どうしたら自分たちの会社でも、一緒に成長していける人材を採用できるのか」とお問い合わせをくださいます。
渡辺 富士通もB2Bが中心なので、学生さんに「富士通のイメージは?」と質問すると「パソコン」とよく言われます。「DX」や「パーパス」と言われるとうれしいのですが、まだまだです。外部に向かって伝えたいことがうまく伝えきれていないことが課題ですね。
富士通がキャリア採用を本格的に始めたのは2015年です。以前は数十人しか採用していませんでしたが、2015年は100人、2020年は300人採用して、だんだん増えています。ジョブ型採用にマッチする人や、Work Life Shiftのようなキーワードで調べるなど働きやすさに興味を持った方が多く応募してくださっており、パーパスがきっかけという方はまだ少ないです。
最近は一生懸命にキャリア採用イベントを行ってきました。その結果、「富士通がパーパスをベースに変わろうとしている」と興味を持ってくださる方が増えていて、そういう意味ではパーパスがきっかけになっています。
齊藤 今後は、パーパスを軸に採用戦略を構築することで、パーパスに共感して「一緒に働きたい」と応募する人が増えそうですね。
渡辺 そうですね。富士通を志望してくれる方だけでなく、世の中のみんなが、富士通が何を大事にしている会社なのか、何をしようとしている会社なのかを理解してくださるといいですね。「いいじゃん」という共感のレベルではなく、「私もそこに加わって動かしていきたい」というレベルで共鳴し、富士通に応募してくれるようになることを目指したいです。
そのような状態がグローバルで起これば、人材の多様性も進んでいくでしょう。多様性が進むとイノベーションが起き、富士通のパーパスに沿った世界が実現できます。そうすると、「富士通のパーパスを実現させたい」という人が集まる。そんなスパイラルができてくれば、新卒採用にもキャリア採用にも大きなメリットをもたらすと思います。
何のために働くのか、働くうえで何を大切にするのか、会社の存在意義は何か。そういったことをパーパスを通じて積極的に発信していけば、こんな世界を実現したいという思いを持っている人に届くだろうと信じています。
齊藤 優秀な人であるほど自分のパーパスを持ち、自分と企業のパーパスが重なるところを見つけ、自己実現や社会貢献を成し遂げるために転職活動を行うようになると思います。
渡辺 自分が成し遂げたいことに真正面から取り組むと、「自分はこのように変わらなければ」ということが見えてきます。「変わる」ということは「成長する」ということ。富士通は成長したいと思っている人をしっかり支援して、一緒に成長していく。成長して、挑戦して、さらに成長できるような、「世の中で一番成長できる会社」になりたいと強く思っています。
齊藤 「採用できない」と悩んでいる企業に「どういう方を採用したいんですか」と質問すると、抽象的な回答が返ってくることが多い気がします。「そこをもう一回考え直しましょう」とよくお話させていただいています。自分たちが何者であるかわからないと、どんな人に来て欲しいかもわかりません。
まずは自分たちの根っこにあるものをしっかり考え、パーパスを策定すべきでしょう。その後に、ブランドアイデンティティや、それに共感してくださる方について考えるのが、採用ブランディングです。パーパスを設けることで、採用したい人材像も明確になるのです。
求職者側から見ても、条件だけを見て「なんとなく」入社した場合は、長続きしない問題が出てきます。お互いにパーパスでつながっていると、マッチング度も定着率も高くなり、「より長く一緒に成長していきたい」という思いが強くなります。
未来を見据えたときに残るのは、ブランドとパーパス
齊藤 10年後、20年後に、同じビジネスが成り立つ世の中ではありません。最終的に残るのは、ブランドだけだと思うのです。富士通という社名は残るけれど、富士通は同じビジネスはやってはいないでしょう。
では、ブランドを残していくために何が必要なのでしょうか。その拠りどころとなるものがパーパスです。パーパスは、時代やステージによって多少変わっても、根本は変わりません。強い企業であり続けるためには、パーパスをないがしろにせずに突き進んでいくことが重要です。
パーパスがあれば、同じ価値観を持った人材をスムーズに採用できます。同じ価値観を持った人というのは、似た価値観を持った人という意味ではなく、多様性があったうえで「これを成し遂げたい」というコアの部分に共感している人という意味です。
渡辺 会社に入って何をしたいとか、どうしたいかは、イメージがつきやすいと思います。ただ、何のために働くのかをしっかり考えるきっかけは、パーパスだと思います。企業も社員もパーパスを持っていると、一人ひとりが会社で働いている意味を理解でき、自分が成し遂げたいことに真正面から取り組めます。そういう文化を作っていくことが、会社が存在し続けることにつながると考えています。これからも、パーパスをすべての企業活動のベースにしていきたいと思っています。