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働く人という個人の観点では、働き方や仕事の選択肢が増え、「働くこと」に求めることも個別化が進む。一方、マクロな社会の観点では、労働力不足が進行し、企業側が求める人材の獲得は年々難しさを増している。
そのような状況において、採用における情報発信は、ターゲットに強く刺さり共感を引き出すコンテンツが不可欠だ。これからの採用広報では、求職者に向けてどのような情報やメッセージを届ければよいのだろうか。
本記事は、著書『働き方の哲学』『キャリア・ウェルネス』で知られる、キャリア・ポートレートコンサルティング代表の村山昇氏を迎え、働くことの価値観の変遷についてお話しいただき、これからの時代に合った求職者に向けた情報発信のあり方を考えていくシリーズ。村山氏は、人の仕事への向き合い方を研究し、これからの世界で生きるために必要な考え方として「成功者を目指す」から「健やかに働き続ける」への転換などを提唱している。 後編では、現代の労働観についてより深く解説しながら、そうした価値観を持った人々に届く情報発信を探る。

「在り方」と「処し方」で見る、組織と人材の価値観

――前編では過去から現在までの労働観の変遷を見てきました。古くは苦役とみなされていた労働も、現在では自己実現の手段になり、さらには100年人生時代を迎え、より生き方と結びついた「健やかさを求める」価値観に推移しつつあるという話でした。
前回の話を踏まえ、人のキャリアについてもう少し考えたいと思います。次の図は、人のキャリア形成における諸要素の関係性と、企業側からのコミュニケーションの方向性をイメージ化したものです。 まず、左側の下にある大きい方の三角形に注目してください。3つの層に分かれていて、上の2層を占める職能やコンピテンシーは、現在の転職市場で重視される要素です。そして重要なのは、2つの層が最下層の「観・マインド」に支えられていることです。「観」というのは、前回からふれてきた「労働観」の「観」です。ある対象についての自身の「解釈」、つまり物事の見方・捉え方であり、その人が持つ観念や概念のことを指しています。

自身が求める働き方に必要な能力の習得などは、所属する組織での出会いや経験、就労条件など、図の逆三角形の部分に左右されるのも確かです。一方で、観やマインドも多分に影響しているはずです。「夢・志・目的」の矢印が、観やマインドから各要素を貫くように通っていることからも、ご理解いただけるのではないでしょうか。 そして、図の三角形の要素について、キャリアを考えるときにコミュニケーションレベルで切り分けたのが右側の説明です。大きく言えば、観・マインドより上を「処し方」、下を「在り方」として区別しています。
――「在り方」の領域は、前編でふれていた「主体的に行動する人」に見られる要素に感じました。
おっしゃるとおりです。正確には、「在り方」そのものはすべての人が共通して持つものであり、そのなかでも自身の「在り方」をはっきり認識できているのが「主体的に行動する人」だと言えます。そのような“良い人材”に響くメッセージを企業が届けるには「在り方」を意識した発信が必須です。
しかし、今の採用市場では「処し方」のマッチングにことさら熱心になっていて、「在り方」にあまり目が向けられていないと感じます。「処し方」の部分は、いわばHowのやり取りです。“どのような”業務をこなすため、“どのような”スキルやコンピテンシーを持つ人に来てほしいか、そして“どのような”待遇を与えるか。ここには、“なぜ”働くのか、“なぜ”自社はこの事業に取り組むのかといったWhyの余地はありません。 けれども、Why、すなわち「観」の部分が働き手と企業との間で合致していなければ、目指すものにズレが生じます。「処し方」の部分が重要であることは確かですが、「在り方」に対するコミュニケーションの絶対量が少なすぎて、アンバランスになってはいないでしょうか。
求める人材に届く発信には、企業としての「観」の確立が必須

――企業と求職者の「在り方」のマッチングは、どのように図れば良いのでしょうか。
考え方は「処し方」とほぼ同じです。まず企業側は自社の「観」、つまり会社がめざす世界や事業を展開する理由、大切にしている価値観といった自社の企業活動における主義や哲学を、求職者に向けて発信することです。 会社としての「観」を示すことで、「在り方」に共感した人がエントリーするようになります。ところが観の部分が求職者側から見えないと、「在り方」が合わない人が応募してきたり、逆に「処し方」も「在り方」も申し分なかったのに応募を回避されたり、といったことも起こり得ます。「観」の発信が重要であることが、おわかりいただけるでしょう。
――具体的にはどのような情報を、開示すると良いのでしょうか。
経営理念やミッション・ビジョン・バリューをはじめ、企業活動に対する経営者の考えや大切にする価値観、また会社の風土や文化、歴史、クレド(行動規範)などが挙げられます。これらの点に関して、すでに自社のコーポレートサイトに載せているから大丈夫だと感じた方もおられるかもしれません。 しかし、求職者に届くメッセージという観点で見た場合はどうでしょうか。大切にする価値観を組織のなかでどう体現しているのか、培われてきた風土や文化は日々社内で過ごすなかでどういう場面で感じるものなのか。キーワードの羅列では見えにくいものを、体験として表す工夫が求められると思います。
――近年、大手の企業を中心に、中途も含めて採用ページを手厚くしたり、採用目的のオウンドメディアを立ち上げたりと、「在り方」の情報発信に力を入れるようになった気がします。そうした積極的な情報発信はオウンドメディアリクルーティングと呼ばれ、さきほどの「観」の発信は、そのなかのシェアードバリューコンテンツの考え方と一致すると感じました。
企業が積極的な情報発信を行うようになっているのは良い傾向ですし、そうした概念がすでに体系的にまとまっていると理解しやすいですね。
現場の社員が登場し、働きがいを感じる瞬間や、仕事のエピソード、会社のカルチャーに助けられた話や入社後に苦労したことなど、泥臭い部分もありのままを見せたインタビューは、求職者の心に響くでしょう。 同じテーマでも、切り口や登場する社員のレイヤーを変えながら発信し続けることで、会社の考えが深く浸透していることや、理念やクレドが形骸化せずに生きている様を伝えられます。
そうした情報発信のためのコンテンツで大事なことは、会社側・経営者の事業や人に対する「観」がじんわり、しっかりにじみ出ることです。エース級社員の華やかな活躍や制度の充実ぶりを、カッコイイ写真と文章でキラキラと紹介するだけのものでは、表面的で厚みのない発信になってしまいます。「在り方」を問う求職者ほど、仕事探しは真剣です。企業側に骨太な「観」があるかどうか、彼らはしっかり見ています。 シェアードバリューコンテンツについての詳しい解説についてはこちらをご覧ください。
自社の状況と求める人材に合わせた発信内容の調整が重要

――ジョブ型雇用の考え方の浸透もあり、終身雇用が前提ではなくなりつつあるという見方もあります。それでも、企業と求職者は「在り方」でつながるべきなのでしょうか。
極論を言えば、「処し方」だけのつながりでもいいのです。その場合は、短期の雇用関係になることも視野に入れておく必要があります。「処し方」の次元で集まって来る人たちは、処遇や得られるスキルや肩書でつながっていると言えます。ですから、他に良い条件の会社が見つかったら、すぐに転職してしまうかもしれない。
それが悪いことだとは限りません。外形的な条件で一時的に引きつけても離れやすいものだと、企業側が割り切っていれば良いだけの話です。特に昨今、デジタル人材の不足が懸念されています。一時的にでも人材を確保しなければ、事業が回らないこともあるでしょう。働き手と企業のお互いの利害関係が一致していれば、プロジェクトベースで雇用関係を結べばよいのです。 しかし、「処し方」で集めた人だけで構成された会社は、やがて立ち行かなくなります。組織と個のめざす方向が一致していない場合があるからです。そうしたメンバーが多くなると、会社の持続可能性は低下します。「在り方」の部分でがっちりと噛み合う人を獲得し、エンゲージメントが高い状態で、長く働ける関係性も同時に築いていかなければ、ビジョンの実現は難しいでしょう。
――働き手と企業の関係性にも、グラデーションがあるのですね。
すべての社員が、「在り方」でつながっていることに越したことはありません。けれども、組織や事業のフェーズも関係してきますし、人材が固定して流動性が極端に低いのも、組織にとって望ましい状態とは言えません。採用について言えば、企業としての状況と組織の人材ポートフォリオに照らし合わせて、「処し方」と「在り方」の重視比率を都度変えていけば良いのです。
ジョブ型採用主体で組織の新陳代謝をどんどん高めたいというのであれば、「処し方」に当たるHowの情報を重点的に発信する。ジョブディスクリプションに、任せる仕事や求める能力、アサインによって得られる経験などを詳しく記せばいいのです。欲しいのが中長期的に関係を築けるメンバーシップ型の人材であれば、会社のWhyの部分、すなわち「在り方」を積極的に見せる必要があるでしょう。
「観」でつながる、企業と求職者のヘルシーな関係

――働き手が自身の「観」を明確に見出せているかも問われますね。
そうだと思います。今、多くの働き手が自身の「在り方」の形を捉えたいと考えているように思います。私は企業を対象にキャリア開発研修を実施していて、「在り方」を考えるプログラムを複数用意しています。観を言語化するプログラムでは、「独創的」「一番になる」「地球との共生」など、ランダムに並べられた50程度の価値観ワードをヒントに、自分が生きるうえで大切にしている価値や、働く意味を自分の言葉で書き出していきます。
また、職業人として自分を定義するプログラムでは、所属する組織や職業を超え、仕事を通じて自身が世に提供している価値を言葉にします。私自身を例とすると、価値提供は「人の向上意欲を刺激し、働くとは何かを翻訳する」といった具合です。
研修後のアンケートでは「日々業務に忙殺されるなか、立ち止まって自分を見つめる時間になった」「相談するのも難しく、上司にも答えがわからないもの。考えるプロセスが貴重な機会となった」といった声をいただいています。自身が何者なのか、どこに向かいたいのか、本当はもっと知りたいのです。 自ら仕事を生み出せる力のある人から、「在り方」の重要性に気付き始めていると感じます。彼らは、100年働き続けられる自分であるために、企業とのヘルシーな関係性を求めています。会社と「在り方」のところでつながれたら、きっと組織も社会も自分も幸せになる良い働きをするはずです。企業には「観」を確立し、「在り方」を示しながら、健やかさを求めるキャリアを応援する姿勢が問われていると言えます。