繰り返されるジョブ型論争から見た、採用改革における失敗の本質

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近年、働き方や社会環境が激しく変化するなかで、ジョブ型採用に注目が集まり、多くの企業が新しい採用システムへ移行すると宣言している。
しかし、「過去に何度も繰り返されてきたように、欧米のスタイルを表面的に真似しても失敗するだけ」と指摘するのが、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏だ。海老原氏は、採用や人事における日本型と欧米型の根本的な違いを整理した本質的な議論が必要だと提言している。多くの日本企業にとって、あるべき採用の型はいったいどのようなものなのか。
前編では、ジョブ型採用がトレンドになるなか、これまでの人事制度改革を振り返り、日本型採用システムのメリットとデメリットを考える。そして、欧米型を安易に取り入れることで陥りがちな、日本企業の採用における失敗の本質を検証していく。

多くの日本企業が人事権と社内一律の給与体型を保持しているので、変わらない

――近年になって大きな注目を浴びているジョブ型採用について、どうお考えでしょうか。
海老原 ジョブ型採用の話をする前に、日本型の採用システムの是非についてですが、実は1960年からまったく同じような議論がなされています。池田勇人首相(当時)は「所得倍増計画」という政策を発表し、そのなかで「労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性をこえて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の組織も産業別あるいは地域別のものとなる一つの条件が生まれてくるであろう」と、日本型採用システムの崩壊に関して述べています。1990年代にも、ある人事系の雑誌で、日本を代表する大手企業の人事担当者が「リーダーを育成する人事システムが必要だ」と議論していました。つまり、60年以上前から日本型の採用や人事のシステムに対する問題提起がなされてきたけれども、まったく変わってこなかったのです。
変わりそうなトレンドは何度もありました。まず90年代後半、「コンピテンシー評価」が流行り、「これで日本が変えられる」と言われました。職能等級制度においては、1つの等級を上がるのに3年ほどかかり、管理職になるにはどんなに早くても15年かかります。コンピテンシー(能力)さえあれば昇進できる人事制度は画期的だと思われましたが、定着しませんでした。少し後には「成果主義」もありました。作家、人事コンサルタントの城繁幸氏が、著書『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』などで成果主義を痛烈に批判し、話題となりました。さらに職責給や役割給が登場し、その流れでジョブ型採用も出てきました。
ただ、このままではジョブ型採用もだんだん廃れていき、10年後にまた「◯◯型」と呼ばれる新しい採用システムが出てきても、日本企業はほとんど変わらないのではと考えています。
――根本的に変わらない、変えられない原因は何でしょうか。
海老原 1つ目は、無限定雇用(*1)で企業が人事権を持っていることが大きいと言えます。日本型の採用システムでは、企業が社員の人事を決定できるのです。欧米では基本的に異動はなく、異動する場合は本人の同意を得るか、社内公募で希望者を募ることとなり、企業側に人事権はありません。
*1 勤務地や職務や労働時間が限定されていない雇用形態で、多くの場合は正社員に適用される。その代わり、終身雇用や高い水準の給与が保証されることが多い
2つ目は、典型的な日本型の採用システムでは、職務に関係なく等級が同じであれば、原則的に社内一律給という世界でもユニークなシステムが使われていることです。例えば、課長であれば人事も総務も経理も、どの部署の課長も同じ給与です。
日本型の仕組みを運用していくと、市場の給与水準と実際の給与に大きく乖離が生まれてしまうのが一般的です。例えば、IT業界は一般的に給与が高いので、IT業界の企業で働く経理の給与は、市場における経理の水準よりも高い。そうすると、転職市場に出たら給与が下がってしまうので会社を辞めない。逆に、給与が低い会社は転職市場から経理を採用しようとしてもうまくいかず、社内で異動させるしかありません。
――欧米では、職務が違えば給与も違うのが当たり前なのでしょうか。
海老原 そうです。それから、等級システムの作り方も日本独特。例えばシステム部門であれば係長になるには情報処理に関する特定の資格が必要、経理であれば簿記に関する特定の資格が必要など、職務ごとに求められる知識・スキルなど職能要件は異なるはずです。そうなると職務等級も部門ごとに違いますし、給与も違う。もし、日本でも企業内でそんなふうに別々になっていたら、異動するにしても、部門内の異動しかできなくなるはずです。
しかし、日本では等級制度が全社一律になっていることが多く、経理部の係長がシステム部の係長に異動するようなケースもあります。等級がスキルではなく、全人格的な要素で作られているんです。
典型的な日本型の採用システムでは、無限定雇用で企業の人事権が強く、等級基準が職務に関係ない全人格的なもので、職能等級やミッショングレード(役割等級制度)が同じなら給与は社内一律となっているのが、欧米の多くの企業と大きく異なる点です。
新卒一括採用など日本型の採用システムは、企業にも労働者にもメリットがある
――日本で、これらのユニークな仕組みが長く続いているのはなぜでしょうか。
海老原 社内で欠員が出たときに、どうやって採用するかを考えてみてください。「労働市場から中途採用すればいい」と言う人もいます。現実は、人材紹介会社に頼んでも半年で決まる確率は1割強でしょう。多数の紹介会社に依頼したとしても、採用する人数が1人、2人ではない場合は困難で、即戦力人材を中途採用で補充するのはなかなか難しい現状があります。同業、同職、同規模の企業で働く人であれば、同じ仕事を明日からすぐできるでしょうが、そういう人を採用するためには他社から引き抜いてくるしかありません。そうすれば、引き抜かれた会社は、引き抜き返しをします。米国などでは、こうした引き抜き合いが採用の3分の2を占めるとも言われており、非効率な人材採用構造になっています。

しかし、企業が人事権を持つ下で、新卒一括採用を行えば、この難しい中途採用活動をせずとも、欠員補充が可能となります。例えば、課長職の欠員が出た場合、同職のAさんをヨコにスライドさせて空席を埋め、Aさんの空席は同職のBさんで埋め、その空席は主査のCさんを課長に昇進させて埋める。ヨコヨコタテヨコでパズルのように動かし、空席を一番末端に持ってきて新卒1人を採用すればいい、というシステムです。日本型の採用システムの元では、欠員補充も、難しい中途採用ではなく、新卒採用を基準に考えられているのです。
――日本型採用は企業にとって利点もあるのですね。労働者側にとってはどうですか。
海老原 日本型採用は、労働者側にもメリットがあります。日本の採用システムでは、空席がヨコヨコタテヨコで末端に寄せられ、経験が豊富ではなくとも担える業務が毎年大量に発生するので、まだ仕事の経験がない新卒学生でも受け入れやすくなります。
また、無限定雇用においては「会社に入る」という契約で雇われているので、企業側の人事権が強い代わりに、解雇権はほぼ制約されています。「この仕事はなくなったので解雇します」と簡単に解雇されることはありません。仕事がなくなれば別の部署に異動して、その会社で働き続けることができます。
さらに、日本型採用の会社では初任給のまま長期間にわたって働き続けるという人はほぼいないと言えるでしょう。同じ部門で上のポストが空かないと出世できないケースが多いジョブ側採用の企業とは異なり、ジョブローテーションでポストが空くため、他部門への異動も含めて昇進のチャンスもたくさんあるからです。ポストが空くと、部門をまたいで異動することも多く、少しずつ難しい仕事を任される機会も増え、従業員は経験を積みながら昇進し、給与も上がっていく仕組みです。必然、年功的な昇給にもなるわけです。
日本型の採用システムにも、たくさんのメリットがあるからこそ、今でも多くの企業がこのシステムを使っているわけです。ただ、ジョブ型論争では、こういった良い点に気付づいていない人も多いかもしれません。
それに対して、例えば欧州では、ただ大学を出ただけで職務経験がない人はなかなか就職できません。そのために、学生時代からインターンに励んだりして、職務経験を得る必要があるのです。
――日本型採用には日本社会における合理性がある一方で、ジョブ型論争では欧米型のメリットに目がいきがちで理想化しているという面もありそうですね。
海老原 おっしゃるとおりです。一概に「欧米型に変えるべき」とばかりは言えないでしょう。日本型採用システムのメリットを活かしながら、世界に通用する採用システムや雇用システムを作っていくのも一つの考え方だと思います。
後編では、日本企業の土壌やカルチャーに合った採用システムは、どのようなものであるべきか考えていきます。