メンバーシップ型とジョブ型をハイブリッドで運用する、日本社会の土壌に合った採用の形

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近年、働き方や社会環境が激しく変化するなかで、ジョブ型採用に注目が集まり、多くの企業が新しい採用システムへ移行すると宣言している。
しかし、「過去に何度も繰り返されてきたように、欧米のスタイルを表面的に取り入れても失敗するだけ」と指摘するのが、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏だ。海老原氏は、採用や人事における日本型と欧米型の根本的な違いを整理した本質的な議論が必要だと提言している。多くの日本企業にとって、あるべき採用の型はいったいどのようなものなのか。
前編では、ジョブ型採用がトレンドになるなか、これまでの人事制度改革を振り返り、日本型採用システムのメリットとデメリットを考えた。
後編では、ジョブ型採用を表面的に取り入れることで起こりうるデメリットや、日本企業の土壌やカルチャーに合った採用システムのあり方について考える。

ジョブ型採用を表面的に導入してしまうと、採用システムが混乱する可能性も

――現在、ジョブ型採用を取り入れると宣言する日本企業が増えています。ここにきて大きな変化が生まれていることには、どのような背景があるのでしょうか。
海老原 今回、少し変化が生まれた理由は、大きく2つあると思います。
1960年代にも「日本は変わらなければ」と真剣に言われ、その頃は成功するためには欧米型にしなければと、みんなが考えていました。それでいろいろと試行錯誤したけれど、うまくいかなかった。その後、高度経済成長期に入ってからバブル期までの30年間では、「日本が正しい」と考えるようになった。そして、バブルが崩壊した後、日本は30年間悩み続けています。悩み続け、コンピテンシー評価や成果主義、職責・役割給などが出てきたけれど、「これじゃ全然変わらない」と気付いたのが1つ目の理由です。
もう1つの理由は、外資系人事コンサルティング会社の影響でしょう。外資系人事コンサルティング会社が、他の企業に対してジョブ型採用を強く勧めるので、導入する企業が出てきたのです。
――ジョブ型採用を取り入れると宣言している日本企業の動きを、どう分析されていますか。
海老原 本気でジョブ型に取り組もうという企業は、無限定雇用(*1)と社内一律給を見直し始めているのも事実です。部門ごとに採用基準を変え、給与も変え、部門ごとに職能等級を設計し、部門外への異動を減らす仕組みに変えていっています。これは大きな変化だと思います。部門外への異動がなくなると、その部門の仕事がなくなった時には企業が解雇できるようになるなど、どんどん欧米型に近づく可能性があります。
*1 勤務地や職務や労働時間が限定されていない雇用形態で、多くの場合は正社員に適用される。その代わり、終身雇用や高い水準の給与が保証されることが多い
日本の大手企業にも、批判がありながらも成果主義に乗り出し、ジョブ型採用も先鞭をつけ、社内公募制度も導入している例があり、私も注目しています。
ただ、ジョブ型採用や社内公募制度の導入により、日本型の採用制度の色合いが強まる可能性もあります。
――社内公募制度やジョブ型採用を推進しているなか、日本型採用制度の色合いが強くなるのはなぜですか。
海老原 日本型採用システムが残るなかで、人事発令による異動をやめて社内公募制度にすると、公募で誰かが応募した結果として生まれた欠員補充のために、人事部が人事発令で他の社員を異動させるしかなくなってしまうため、企業の人事権は逆に強くなっていくことがあります。
定期異動の場合は、何カ月も前から準備ができるため大きな問題は起きにくいのですが、社内公募の場合は、誰が、いつ異動するかが突然決まります。欧米のジョブ型採用の場合は基本的に外部から採用しますが、日本では社内異動で対応する場合が多くなります。その結果、人事部の影響が強くなり、かえって日本型採用制度の色合いが強くなると考えているのです。
メンバーシップ型とジョブ型、2つの採用システムをハイブリッドで運用
――昨今、ジョブ型採用を導入する日本企業が増えてきているなか、新たな採用システムを検討するうえでの示唆やアドバイスをいただけますか。

海老原 若い世代はメンバーシップ型を基本とする採用システム、一定の年代以上はジョブ型の採用システムというハイブリッドを僕は提唱しています。
その際、ジョブ型の採用システムについては、2つの点で制度を変えればいいと考えます。
1つ目は、専門性の高いスキルを有している人たち。彼らに関しては、社内一律のルールを当てはめるのでなく、自由に給与設計ができるようにする。例えばAIのスペシャリストであれば、職能等級の枠に当てはまるのではなく、採用市場に合わせた報酬額で採用する。スペシャリスト枠で採用する場合、その仕事以外はさせない代わりに、その仕事がなくなったら雇用契約を継続しない取り決めをしておく。そのような仕組みにすれば、スペシャリストにおいては本物の意味でジョブ型採用になるでしょう。
2つ目は、専門性の高いスキルを有していないものの、決められた仕事を確実に進めていく人たちついては、本人からの意思表明がない限り職務を変えず、給与も年齢が上がっても変えない。その代わり、ワークライフバランスが取れていて、プライベートを充実させられる働き方を可能にする。
メンバーシップ型の採用システムでは、未経験の新卒もたくさん採用し、仕事を覚えていけば昇進できる環境があるという良い面があります。しかし、近年は日本経済が悪化するなかで、40代以降の方々は全員が昇進するわけではありません。今、賃金構造基本統計調査で50歳の大企業大卒男子を見ると、非管理職が54%います。それなのに、仕事を覚えていけば昇進できるという印象を与えて、社員を過度に働かせ続ける悪い面があります。
そこで、若い世代はメンバーシップ型を基本とする採用システム、そして一定の年代以上は専門スキルを活かしたジョブ型、もしくは、給与は一定だが決められた仕事を確実に進め、ワークライフバランスが取れた働き方の選択を可能にするジョブ型の採用システムというハイブリッドを導入する。そうすることで、メンバーシップ型の悪い側面も解消されるのではないでしょうか。
ジョブ型という呼称に囚われず、日本のカルチャーに合った採用の形を考える

――形だけのジョブ型採用に囚われても意味がない。日本社会の土壌やカルチャーに合った、今の日本に求められる人事制度を構築していくべきだということですね。
海老原 欧州は、義務教育期間の間に落第する人が2〜3割いると言われており、入り口からずっと選別が続く厳しい社会です。「全員一律」という感覚はもともとありません。米国も競争が厳しい社会です。GAFAを作り出し、世界を動かす人材を輩出していますが、それは極めて稀な一部の突出した人だけです。
日本人は、突出した人を生み出せていないことを恥じる傾向がありますが、スマートフォンの中身を見れば、パネルやシステムLSI(大規模集積回路)など日本の技術が多く使われています。日本では、GAFAを作る人は現れなくとも、名もない人たちが協力して莫大なお金を稼ぐビジネスができています。GAFAが作れないと嘆いてばかりでなく、日本の持つ強みを認め、人々が活躍できる日本社会に合った制度を整えていったほうがいいのではないでしょうか。
そんな日本のカルチャーに合わせた採用システムとして、若い世代はメンバーシップ型採用で全員にチャンスを与える。一方、一定の年代以降はジョブ型採用で、決められた仕事を確実に進める職務での働き方と、スペシャリストや管理職としての働き方の選択肢を設ける。このハイブリッドな採用システムへ移行していくのがいいのではないでしょうか。