相手を理解して価値を創造する。マーケティングから読み解く人の心を動かす人事

2022/12/02
相手を理解して価値を創造する。マーケティングから読み解く人の心を動かす人事

2022年9月29日に開催された「Owned Media Recruiting SUMMIT 2022 Vol.2」は、「マーケターとともに考える 人の心を動かす人事」と題して、マーケティングに着目。採用とマーケティングの重なりについて深堀りし、マーケティングの視点から人事を紐解き、より有効な採用アプローチやSNSによる採用情報の発信など、バラエティに富んだ4部のセッションが展開された。

レポート2本目で取り上げるSESSION1では、株式会社Preferred Networksの富永朋信氏、ソフトバンク株式会社の井上大輔氏、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏が登壇。本サミットのメインテーマである「マーケターとともに考える、人の心を動かす人事」について議論した。

株式会社Preferred Networks SVP 最高マーケティング責任者
富永朋信氏
大学卒業後、日本コカ・コーラなど9社でマーケティング業務を歴任。うち西友など直近4社ではCMOを務める。マーケティングの核=人間理解という考え方に基づき、社内にとどまらずブランド、コミュニケーションから人事・組織戦略など多岐にわたるアドバイザリー業務を行う。政府系機関の広報アドバイザーを多数。マーケティング系団体・カンファレンスの理事、議長などを多数。OFFICEしもふり代表。著書に『幸せをつかむ戦略』(日経BP社)など。
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ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部長
井上大輔氏
アウディ・ジャパン、ユニリーバ、ニュージーランド航空などでデジタル&マスマーケティングのマネージャーを歴任。ヤフーMS統括本部マーケティング本部長を経て現職。著書に『マーケターのように生きろ』(東洋経済新報社)、『デジタルマーケティングの実務ガイド』『たとえる力で人生は変わる』(宣伝会議)。
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株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
伊達洋駆氏
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著/日本能率協会マネジメントセンター)など。
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【SESSION1】マーケターとともに考える、人の心を動かす人事

SESSION1では、本サミットのメインテーマである「マーケターとともに考える、人の心を動かす人事」について議論した。

日本を代表するマーケターでもある富永氏は、外資系を中心に9つの企業でマーケティングに従事。うちドミノ・ピザや西友、現在所属するPreferred Networksなど4社でCMO(Chief Marketing Officer)を務めてきた。また、マーケティングや人事領域のコンサルタント、官公庁での広報アドバイザーを担う。

井上氏のキャリアは、マーケティング一筋。現在は、ソフトバンクでメディア統括部長を務め、メディアの買い付けに携わる。「人事はまったくの門外漢だが、マーケターの立場からはばかりながら投げかけができれば」と話す。

モデレーターは伊達氏が務めた。同氏が代表を務めるビジネスリサーチラボは、クライアントのニーズに合わせて、人事にまつわるデータ分析や組織調査を行う。また、人と組織をテーマに数々の書籍を発表するなど、情報発信に精力的である。今回は、人事の視点で、マーケターのお二人から様々なインサイトを引き出していただいた。

「人」起点で考え価値を生み出す、人事に問われるマーケティング的思考

伊達洋駆氏

ディスカッションの入り口として、伊達氏はマーケティングの役割を尋ねた。

富永
製品やサービスを伝えるために、どのようなコミュニケーションが最適なのか、どうしたら良さを感じてもらえるのか。さらに、どうしたら手に取ってもらえるのか。一連のコミュニケーションを設計・実践していくのがマーケティングだと考えます。人を理解して、どう働きかければ、どう変わるのかを突き詰めることとも言えるでしょう。
井上
自分ではなく相手起点で考え、その人にとっての価値を定義して、その価値を製品やサービスとして具体化し、さらにそれを伝えることがマーケティングだと考えます。一般的に広告宣伝と同義に捉えられがちですが、それは最後の「伝える」にフォーカスした理解です。今日は、そこから少し広げた考え方を基にお話できればと思います。
伊達
富永さんの言う「人の理解」には人事との共通項を感じますね。井上さんには、人事にはあまり馴染みのない「価値」というお話をいただきました。共通する要素として「相手の存在」が挙げられると思います。

ここで伊達氏は、一方の人事はどのような役割を担っているのか、人事の責任や難しさにまつわる3つの切り口から考察した。

伊達
1つ目は「コンフリクト(論争)」に直面することです。例えばキャリア自律を促す支援策は、若手社員には歓迎されたとしても、長期雇用を前提に勤め続けてきたベテラン社員には不利に映るでしょう。2つ目は「無理解」です。リモートワーク制度を整えたのに、周知が進まないことなどが挙げられます。3つ目は「無関心」。上司のダイバーシティに対する意識が低いため、制度を利用しにくいといったことはないでしょうか。

このような課題を「何とかする」ことが人事の役割であり、人事には社員の行動変容を促していくことが求められます。
富永朋信氏

マーケティングと人事の役割を整理したところで、両者の共通項を探っていくことに。富永氏と井上氏は、次のような見解を述べた。

富永
マーケティングにおける対象がお客様ならば、人事における対象は社員と、その相手が異なるだけです。社員のモチベーションを高める、企業カルチャーにフィットした行動を取れるように働きかける。このような人事の役割は、人を理解して、どう働きかければ、どう変わるのかというマーケティングの行動と同じとも言えます。
井上
相手と、相手に届ける価値を定義して、それを創造し伝えていくというマーケティングの基本は、人事にも通じるところがあるのではないでしょうか。リモートワークの推進を例に取ると、誰がその制度の対象になるのかを考え、まずは、その対象が求める価値を把握する必要があると思います。「柔軟な働き方をしつつ仕事に貢献したい」という価値が求められているとして、その手段としてリモートワークは有効なのか、他に手段はないのか、有効だとして具体的にどう提供すればよいのか、などを考えます。そして、最後にそれをしっかりと伝えていく、といった具合です。最後の「伝える」は、「何を伝えるのか?」に加えて「どう伝えるのか?」を考えるのがマーケティングの特徴かもしれません。

マーケターが考えた、自分がCHROだったらどんな取り組みをするか

富永朋信氏

続いて伊達氏は、「自分がCHRO(Chief Human Resource Officer/最高人事責任者)だったら、どのような取り組みをするのか」という話題を投げかけた。富永氏がフリップに書いたのは「べからずべからずな制度設計」。

富永
人事制度が企業の生産性などにもたらす影響の大きさを考えると、制度設計は企業の要とも言えます。ただ、人は制度を作るとき、リスクを回避するために多くの決め事を積み重ねがち。加えて、「社員は放っておくとサボる、ズルをする」という前提で制度を作ってはいないでしょうか。例えば、出張や経費の事前申請、報告書類など、申請・報告によって社員の行動を細かく管理する制度。それが「社員のモチベーションにどんな影響があるのだろうか?」と考えるのです。一般的に、人は「任されている・信頼されている」と感じる方がモチベーションは上がるし、力を発揮できるでしょう。
井上
最終的な行動だけではなく、その背景にある、目に見えない心の動きや意識の変化を追っていく、というのはマーケティングで大事なことですよね。この「心の動き」は、人事においても実は重要なのではないでしょうか。「わざわざ事前に経費申請する必要ある?」と感じる、小さくてもネガティブな心の動き。それが蓄積すると、最終的に離職につながってしまうかもしれません。離職という目に見える行動の前に、目に見えない小さな心の動きが積み重なっている可能性があるわけです。それを調査などで可視化していくマーケティングのアプローチは、人事に応用できないものでしょうか。
伊達
「人をどう捉えるのか」といった、人間観とも言える観点が浮かび上がります。極端な例ですが、人は「さぼってしまうもの」と捉えるのか、「頑張るもの」と捉えるのかによって、物事の捉え方も講じる施策も異なるということです。
富永
そうですね。とはいえ、単にルールをなくせばいい、コントロールを緩めればいいというわけではありません。会社や上司の指示に従うことが善しとされる受動的な企業カルチャーの場合、制度の自由さが裏目に出てしまう可能性があります。受動的なカルチャーの善し悪しは別として、そのような企業は、制度だけでなくカルチャーも合わせて考えていくべきでしょう。
井上大輔氏

次に井上氏がフリップを掲げ、自身がCHROだったなら「言葉の定義」に取り組むと述べた。定義を揃えることは、マーケティングの基本動作だという。

井上
マーケティングでは、言葉の定義を揃えないまま議論すると話が噛み合わないことがあります。例えば、「検討」とさりげなく言っても、10個くらいのビックリストに入れることなのか、2個くらいのショートリストに入れることなのかで認識がそろっていないと、議論が噛み合いません。こうした言葉の整理は、人事だと例えば、リーダーシップとマネジメントの違いをはっきりさせておくこと、などなのかなと想像します。
伊達
人事では、例えば「コミュニケーション力」「従業員エンゲージメント」などが挙げられるでしょう。組織や人によって定義が異なることが多い概念です。
富永
言葉の定義を揃えることは、コミュニケーションのベースとして非常に大切なことです。とはいえ、人は「自分の言うことはわかってもらえる」と思いがちで、伝わった気になる傾向があります。人事にまつわるコミュニケーションも例外ではありません。様々な部署から発信されるメッセージの一つに過ぎないのに、「人事が発信するメッセージは大事、だから社員は認知しているはずだ」と。その勘違いが、無理解や無関心につながってしまいます。

人の心を動かす人事になるために、どのような考え方をすべきか

富永朋信氏と井上大輔氏

話題は、最後のテーマ「人の心を動かす人事になるために、どのような考え方をすべきか」へ。富永氏がフリップに記したのは「暗唱<促し」。

富永
自社のビジョンなどを社員に理解させるために、皆で暗唱する企業もあるでしょう。ただ、その効果には疑問が残ります。むしろ、社員がビジョンに共感し、それに基づいた行動を励起し、ルーティン化できるような「問い」や「促し」を、社員の行動のなかに織り込めることが大切です。例えば、私はミーティングや議論のなかで「これどこの問題?」「これ誰がやるの?」といった問いをよく発します。これは、自責的に仕事をする、というカルチャーをチームに作る意図でやっていることで、どこの部署のどんな問題であれ、メンバーが「私の問題です」「私が解決します」と言ってくれるまでしつこく問い続けるわけです。暗唱するといった形式的なことを伝えるのではなく、促しによる行動励起によって組織にインストールしていくという考え方です。

次に井上氏。あらかじめ用意していたテーマを取り下げ、「大都会と聞いて何を思い浮かべるか?」と問いかけた。伊達氏はアスファルト、富永氏は首都高と答える。

井上
私は、クリスタルキング(日本のロックバンド)の曲「大都会」なんです。このように、話す方と聞く方には常にギャップが生じます。マーケティングに限らずですが、あらゆるコミュニケーションは、このようなギャップが常にあることを前提として設計する必要があると思います。もっとも、このあたりはむしろ人事の皆様がとても長けている印象です。数字で人を見てしまいがちなマーケティングに対し、人事は人の心を起点にするマインドセットやフレームワークがあります。そこに憧れがあり、今度は逆に、人事の方がマーケティングを語るセッションをぜひ聞いてみたいです。
富永
認知や伝播、人の意思決定など「人の心」は様々に研究されていて、多くの文献やデータもあります。それらに立脚して、マーケティングも人事も考えてみると、より実効性が高まるでしょう。

ここでSESSION1は時間となった。マーケティングと人事という異なる視点を提供してくれた3名による示唆は、人事が抱える課題の解決につながる糸口になるだろう。

https://indeed-omrj.com/post-0206
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