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近年の採用は、求職者と企業のカルチャーマッチが重視される傾向にある。それに対応するには、互いの価値観や哲学、それらの考えに至った背景に迫るべく深いレベルでの対話が必要となる。
その時、企業と求職者はどのようにコミュニケーションするべきか。採用広報にて、企業側は自社の本質をわかりやすく発信することが求められる。そのために“自社らしさ”とは何か、社内で共通認識を持つことが不可欠となるが、“らしさ”はどこに宿るのだろう。
前編では、著書『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』で知られる、株式会社MIMIGURIの代表取締役でCo-CEOの安斎勇樹氏に、現代の組織に見られる“とらわれ”によって生じるコミュニケーションの問題や、互いを本質的に理解し合うための対話と問いかけの効用についてたずねた。
後編では採用シーンにおいて創造的対話を構築する秘訣と、相互理解を深める広報のあり方などを、安斎氏に自社事例も交えながら解説いただいた。

求職者の“矛盾”を深掘り、組織とのカルチャーマッチを検討する

――前編では個人を氷山に喩えて、海面下に潜むパーソナリティやその人を形作る部分を問いかけによって照らし出し、海面の水位を下げる方法について考えました。採用活動でも、求職者側の水位を下げることが大事だと思います。
安斎 ちょっと手前味噌というか、当社のことになるのですが、MIMIGURIに中途で入ったメンバーが「そういえば会社に履歴書を出していない」ってTwitterに投稿したんです。そうしたら、執行役員や新卒のメンバーも「私も出していない」って、次々に反応したことがありました。自分も確かに見ていないと気付いて、他の会社の方からはけっこう驚かれました。
面接では、これまでどこで何をやってきたかは確認しますが、性別、年齢、出身地、学歴、資格のような統計学的な属性にこだわったことがないなと。氷山の水面より上にあたる情報は重視していないんですよね。
何を聞いているかというと、これまでの人生で学習課題にどう向き合ってきたかなんです。目の前の壁をどう捉え、自身をどう変化させ、乗り越えてきたか、自身の専門領域をどう拡張させてきたかを大切にしている。MIMIGURI自体が変容し続ける組織なので、自分を変化させられない人に入社してもらってもお互いしんどくなってしまうだろうと思うからです。
会社としてガイドラインを設けたつもりはないけれど、社員の間では採用時の共通認識となっている気がします。氷山のなるべく下の方まで照らそうとすることなので、面接の回数も増えて大変ではあるのですが(笑)。
――求職者のみなさんは、最初から率直に話せるものなのですか。
安斎 最終的には深い所まで話せる状態になっているケースが多い気はします。私たちも、できる限り心理的安全性の高い状況を作るよう意識しています。
自分の場合、「今日はこういう話を聞きたいんです」と冒頭で率直に伝えることも多いです。「この部分について、以前に面接した社員の間で懸念になっているので、そこを今日はちゃんと理解したい」とかですね。意図を隠して遠回しな質問をしても、芯を食ったやりとりがあまりできないんですよね。目的がわからなければ、質問される方も何をどのレベルで答えれば良いかわかりません。
また、その人の経歴や価値観の“なめらかではない部分”、引っかかるところを深掘るようにしています。面接である以上、求職者も多少格好つけることはありますが、盛り過ぎだったりすると待ってとなります。その場合、「今のところスーパー人材になっていますけど大丈夫ですか?(笑)」と聞いちゃいますね。そうすると空気も変わりますし、その方も「実は」と少しずつ別のことを話すようになったりします。
人の本質って、その人の“矛盾”に現れる気がするんです。私自身、研究者をやりながら会社を経営したり、大学生の頃から勝手にワークショップを開いて多様な人の話を聴いたりしてきたことがあって、一見非連続なキャリアの構築にすごく興味がある。単に経歴をなぞるだけでは理解しきれない何かが隠れているはずで、「どうして?」って聞きたくなるんです。
リクルートの創業メンバーの一人で、組織マネジメントの礎を築いた大沢武志さんは、人間は不合理で矛盾に満ちた存在であると言っています。今の社会は言行一致を過剰に求めていて、それが相互理解の妨げになっている気もします。
企業カルチャーの重要性と発信の必要性についてはこちら
最高の企業文化を作るカルチャーモデル論
組織も“矛盾”をオープンにする。同時に、確かな根っこが感じられる発信を

――企業の採用広報でも、求職者はブレのない情報発信を求めていて、矛盾はなるべくなくすべきだという傾向があります。
安斎 発信は、自社に興味を持ってもらううえで欠かせないですし、広報の積極性が採用力の差になるので力を入れてしかるべきだと思います。同時に、その会社“らしさ”をきちんと示していく必要がある。このとき、多面的な要素を見せていくことが大事な気がするんです。
氷山の話で、対話が「お互いの水位を下げ合って、隠れた部分をしっかり確認すること」だとすると、求職者の水位を下げることは面接を含めた選考の過程で充分可能です。一方で、企業側の水位を求職者のアクションで下げていくには限界があります。だからこそ企業側は自らを開示していく必要があり、その役割を担うのが採用広報です。
その際、自社のポジティブな面ばかりを見せようとするケースが多いのではないかと思います。そうしたスタンスでの発信は、意識して一貫性を持たせようとしていることもあるので、異なる情報が混ざると目立ってしまい、受け手の側も気になりますよね。
人が営む以上、会社はどうしても不合理が生じるものです。しかし、その不合理のなかに、その会社ならではの矛盾に満ちた愛らしさや親しみがにじみ出るものだと思っています。会社も人と同じで、あらゆる角度から光を当て、どういう人格を持つのか立体的に伝えていくのが重要ではないかと。
――そのためには、どのような伝え方があると考えていますか。
安斎 MIMIGURIでは、私や一緒に経営しているミナベ(トモミ氏)がファシリテートするポッドキャスト番組を配信しています。台本は用意しない方針で、その場で話したことを編集せず全部出すことにしていて、経営や組織の話もそのまま公開しています。そのオープンさとゆるさがよかったのか、多くのリスナーの方々に聴いていただき、過去にはJAPAN PODCAST AWARDSにもノミネートされました。
そして、採用にエントリーしてきた人の大半が番組を聞いてくれているんですよね。さらに、縁あって一緒に働くようになると、「本当にあの話のとおりなんですね」と言ってくる。考え方も、仕事やミーティングの進め方も、組織のあり方も、入社前とのギャップを感じないのだそうです。
オウンドメディアでもコンテンツを発信していますが、ポッドキャストも聴くことで、当社のことを多面的に理解したうえでエントリーしているから、選考中も話が進むのが早いし、本当に力のある人が来てくれる。採用目的ではなかったのですが、副次的な効果があって驚いています。
――矛盾した発言をしないか気を使いませんか。
安斎 発している言葉は矛盾だらけですよ。例えば、MIMIGURIは自社のことを「ファシリテーション型のコンサルティングファームだ」という言い方をしていますが、1年ほど前までは「デザインファームだ」と表現していました。そのように今言われたら、「“デザイン”って、やめてもらえます?」と指摘するかもしれない(笑)。
MIMIGURIは、今春に文部科学省から研究機関としての認定を受けました。各所で話題となり取材も受けたのですが、立ち上げの背景や研究の方針などかしこまった話になりがちです。だから、オウンドメディアを通じて「組織としてかっこいいと思ったから」という本音も伝えたんです。外向きに戦略的な意味付けもしましたが、裏側も含めて両面を伝えたいと考えました。
――飾らずに、ありのままの会社の姿を見せているのですね。
安斎 オープンにといっても、そもそも信用を大きく損なうような実態があれば、広報以前に企業としてあらためなければいけません。そうでないなら、なるべく包み隠さず伝えて、判断してもらった方が良いと思います。矛盾がない広報をして、矛盾のない人を採用するのは、かなり無理があることだなと。
とはいえ、不合理だらけのMIMIGURIにも核となる“らしさ”は存在すると考えています。私たちは人間の学習する力を信じていて、学びを通じて組織、チーム、事業を変えていくことができるというのを信念として持ち合わせています。その部分はブレることがなく、信念に通じる人と一緒に働きたいと思っていますね。
多角的な情報にふれながら、企業の根っこを感じていただく。企業のデザインレギュレーションなどで、コーポレートカラーのカラーパレットを設定しているところが多いかと思います。けっこう多くの色が入っていながら、企業らしさが出ていますよね。それと同じような捉えられ方を、採用広報でもめざせると良いのかなと思いました。
自社“らしさ”は、賛成と反対の境界線上に現れる

――根っこにある自社“らしさ”は、どのように見出せるものでしょうか。
安斎 いろんな方法があると思いますが、グループワークでリフレクション(振り返り)をするのはどうでしょう。以前、あるIT企業の採用サイト制作のお手伝いしたとき、制作前に先方のチーム全員で自社らしさを考えるワークショップを実施しました。
その企業らしさを発揮できたプロジェクトと、そうでないものを取り上げて議論しました。大事なのは、誰もが“自分たちらしい”と感じたものではなく、“らしい”と“らしくない”で意見が分かれるプロジェクトです。この境界線上を語り合うことで“らしさ”が浮かび上がってきます。
この方法は、採用したい人材像を確立するときにも応用できます。採用時は少し不安だったけれど入社したら活躍している人、一見カルチャーフィットしているように映ってもワークしにくい人など、境界がどこにあるのかを模索することで、採用関係者の間で目線がそろうようになるでしょう。
――問いかけの作法を踏まえ、これからの採用をどう捉えるべきか、最後に安斎さんの考えを聞かせてください。
前編で日本の企業の多くは、ファクトリー型組織からワークショップ型組織への転換が求められているという話をしました。この転換を採用や人の観点で見たとき、端的に言えば“仲良くなれるかどうか”が大切なのだと思います。ファクトリー型組織は、階層や役割が明確な分、あまり得意ではない相手とも仕事がいちおう成立するんですよね。ワークショップ型組織だと、そうはいかない。対話を重ね、アイデアを発散し、柔軟に変容しながら組織運営することが求められるのですから。
そうすると、一緒に働く仲間同士で氷山の下の方まで見え、わかり合えている関係のほうが組織はうまく機能するはずです。「友達になれるかな?」というくらいの感覚で求職者と接するほうが、いい採用につながる気がします。スタンスの話なので、実際にはスキルマッチなど現実的な部分も充分に検討する必要はありますが(笑)。
採用に関わる全員が、“友達になれるか”の感覚で求職者と接することが大事です。特に大企業の人事の場合、実際に自分たちが一緒に働くわけではないと、スキルや経歴の一致だけで求職者を判断し、事業部面接に進めるケースがあるのではないでしょうか。それこそファクトリー型の仕事の進め方であり、求職者との相互理解も深まりません。大きな規模の会社であっても同じ船に乗る仲間を探しているのですから、ぜひ問いかけを工夫し、表からは見えない相手の意外な一面を照らしてみてください。